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天狗 ~神眠る森~  作者: 東雲 景惚
諸行無常
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86/100

巷説喧騒〜歪んだ憧憬①〜

 鬢胡での騒動のあと末姫は、結婚式をめちゃくちゃにした輩達のアジトに連れて来られた。末姫を人質にとっていた男は、末姫をモノのように牢に捨て置くのかと思ったが、座らせるまで懇切丁寧であった。

 それでもアジトに着いたときは、末姫は苛立っていた。戦いの最中、ずっと連れ回され節々が痛いし、首元に当たっていた刃物のせいで顎に傷があることは間違いなかった。美貌が売りの末姫には屈辱以外の何物でもないのだ。

 顎をさすりながら泣いている末姫にキーチは


「白い紙に小さな黒いインクが落ちても、白い紙は綺麗なままだし、白い紙として十分使える。」


と言った。

カッとなった末姫は

「私は紙じゃない。黒い点はあり続けるわ…」

とつっけんどんに言った。


誰が何を言っても反応がなく泣いているだけの末姫が言い返したことに驚いたようだったが、

「文字や絵を上手くかけば、その点と重なって分からなくなるかもよ…」

とキーチは、紙切れに点を打ったあと、別の太いペンで『闇夜にカラス』と書いて、点が夜の点の部分に重なるようにした。


あまりにも無理やりように書いていたくせに、なんだか末姫には味わいのある字に見えた。

それでも

「まだ今は…そんなこと思えない。」

と顔を背けた。


 捕まっえいる間、このキーチという男は足繁く末姫の所にやってきては、様子を気にしてくれた。覆面のため顔色は分からないが、声色で分かった。

 巻き込んで済まないとも思っているようだった。末姫も今まで周りにはいないタイプのキーチと話をするのが楽しいと感じていた。キーチには、寛容性もあるが譲れない哲学のようなものがあって、我儘を言ったり、末姫の事を思って動いてくれていた人達とは少し違う。そんな考え方があるのかと驚くこともあったが、不思議と嫌に思わなかった。

 しかし末姫としては、どうしても許せないスタンスは崩せないからキーチが来ると背を向けながら話を聞いていた。


 数日たって、キーチは末姫にある提案をしてきた


このままここで囚われの身でいるか

隙を見て結城に戻るか


聞いて末姫は驚いた。


「結城に帰してくれるの?」


少し声の大きくなった末姫に、シーッと言うポーズをとった。自分から提案しておいて何で…と思いながら末姫はキーチの出方を見守った。


まずは落ち着くように促され、深呼吸した末姫にキーチは、自分の仲間が全員賛成しているわけではないから他に聞かれたら困ると言った。

じゃあ何故帰してくれるのか尋ねると、もちろんお前が可哀想と言ったあと、その方が色々と都合がいいと本音を伝えてきた。


都合が良いとはどういう意味か…尋ねたがはぐらかされた。また鬢胡を襲撃するということか、そもそも帰すというならば鬢胡から連れてこられたのだから鬢胡に行くのが正しいかと思ったが…。こんな状況で鬢胡に帰ってどんな扱いを受けるのか怖くなったので、キーチには言えなかった。


 そして決行日。キーチは色々とすまなかったと言った。見張りで突き飛ばす係は、末姫を帰すことを反対している一派の末端だから、逃げても内通者がいたとは言われないからと、まるでキーチを心配しているのを前提に話をされた。


「突き飛ばしたらひたすら真っすぐ走れば良い。そうすれば末姫の身内に会うことができる。」


そう言うとほとんど見えない覆われた顔の口元が緩んでいるのが分かった。

末姫は、ただキーチの話を信じるしかなかったのだ。




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