巷説喧騒〜隠された心酔⑤〜
竜見の城での生活は、思いのほか快適だった。仲姫に教育された女官達は、無駄のない美しい所作で末姫の包帯を取り替えてくれる。地のものを使っているという料理も本山に遜色ない…いやむしろ美味しく感じた。ここ数日は身体を起こすどころか、人けが無い時に窓辺まで歩いて見ている。筋が痛いところはあるけれど、大分回復してきている。
今日あたり仲の姉上がいらっしゃるだろう。
そう思い、窓から様子を見ようとしていたのだ。窓から見る竜見は、本山も多かったが、比べてみると更に緑ばかりで、目によさそうだなぁと思う。麓のあたりに集落がいくつかあるように見えた。ふと、窓に映る自分に目がいく。来たときは、打ち身で目なども腫れていたようだがすっかり引いて、絶世の美貌が戻りつつある。しかし、顎のあたりの包帯だけがずっと残っている。理由は分かっている。あの交戦中、人質となっていた末姫の首元には刃物がずっと当たっていた。
包帯の上から擦ってみる。ズキンと痛んだ。絶世の美貌だけを自分の自信として生きていたのに、傷跡が残ることがあったら…自分には価値がないのではないかと、目の前が真っ暗になった。
その時、馬のいな鳴きが聴こえ、暗闇から引きずり戻された。鳴き声の方を見ると、仲姫が到着したところだった…。そして、末姫はまた驚いた。
「姉上…お一人で!?」
馬に跨って乗っていることもかなり驚いたが、伴も連れずに一人で帰ってきた。一国の王族として確実に正しくない。しかし、仲姫は実際にやっていて厩の者たちも当たり前のように馬から降りた姉上が馬を撫で終わると、馬を連れて行く。
呆れたというよりは、実際の想像をはるかに越える仲姫に笑いがこみ上げてくる。笑ってもこの傷は治らない。でも、なんとかなるのかもしれないというような漠然とした自信が湧いてきた。
「きっとキーチの言うとおりなのだわ。」
そう言うと姉が来る前に慌てて、ベッドに戻った。
末姫は、隠していることがある。彼女は拉致されてアジトを逃げ出し仲姫に保護された…。おおよそは合っているのだが。
実際は、賊の中にいるキーチという男に、仲姫のところに行けるように案内されてから走った。
このキーチという男はアジトでの末姫の待遇を良くしてくれたが、顎の傷をつけた末姫を攫った張本人だと言うことは後から知った。アジトから少し離れた所に連れて行かれ、
「このまま走れば必ず仲姫がいるから、保護してもらえ。お前の小さな固定概念なんて根底から崩れる愉快なお姉さんだな。」
そう言われ、背中をドンと押され「走れっ!」と叫ばれ無我夢中で走った。
彼のことは、誰にも言えない。
末姫はそのキーチという男のことを思うと胸の高まりを感じていたのだ。
包帯の巻かれた顎に触れながら
「また…会えるかしら…」
そんな事を考えていた。




