巷説喧騒〜隠された心酔③〜
本山のおセンのところに来たおサエこと三姫は、竜見の城に行けないことでイライラしているのかと思ったら、行ったらこうしたい、ああしたい、など展望について話をしていた。
おセンが意外だったのは、三姫がちゃんとあの村でやれそうなことを考えていたことだ。大事に育てられたお姫様には、観光や避暑くらいにか思えないと思われても仕方がないと思っていたが、おセンの畑仕事を手伝ってみたいから公爵家でも使用人と共に畑を作ってみたことや、寺子屋で音楽を教えたいと子どもたちにできそうな初心者がリズムで遊べる打楽器などを調べてくれていた。そして、持って帰ったカモミールを大事に育ており、今日もまたペットのように抱えて連れてきていた。
そうこうしていると、夜がどっぷり更け、三姫が城に泊まると言い出したが、公爵夫妻が心配するからと言ってなんとか帰路につかせた。
部屋の窓から帰っていく馬車を眺めながら、姉として少しずつ自分を持ち始めた三姫に感心していた。
ふと空を見ると星がいくつか見えたが、ここは山の上なのに、竜見の村で見る星空の方が綺麗だと感じた。ここは、もう思い出の場所であって、今いる場所にはならないと改めて思ったのだった。
翌朝、再び彪比古にお願いしてチユに乗って帰ることにした。母后は、馬乗袴の娘を見て不快ため息をつき、
「そなたのそういう出で立ちは好きではないが、相変わらずお似合いね」
と言って去っていった。
おセンは、幼少こら今まで否定しかされたことがないと思っていた母后に、完全な褒め言葉ではないにしろ、かすかに混じった「褒め」に喜びがあふれてしまい、口元が緩みそうになったが直ぐに冷静な顔つきに戻した。
王族である以上、公の場で顔に微笑み以外、感情の機微をを見せてはいけない
幼い頃、母から言われ続けた言葉を思い出したからだ。おセンは、竜見の村での人間らしい喜怒哀楽のある生活の方が好きだと思った。子どもたちと、楽しく勉強したり、美味しいと言いながらご飯を食べたり…時に辛すぎて慌てながら水を飲んだり…。今の竜見での生活が生きるという実感を与えてくれていることに気がついた。
正扉を出ると、彪比古がチユと竜見から同行してくれたもう一頭を用意してくれていた。もう一頭は黒毛で、既に彪比古に懐き始めていた。きっと彪比古は馬を大事にしてくれる人だと伝わっているのだろう。チユは相変わらず、おセンに優しい目を向けてくれる。
チユに乗り込む前、城を振り返り眺めた。
もしかしたら、もう二度と訪れないかもしれない…
そんな事を思い、よく目に焼き付けようと思ったからだ。
東側にあるバルコニーに人影が見える。遠くからも長身で整った風貌なのが分かった。その変わらない様子におセンは安堵し、日差しを遮るようにおでこのあたりに置いてあった手を下ろすとき、他の人に分からないようにそっと手を振った。あちらは直ぐにカーテシーのようなお辞儀をしているように見えた。
チユに乗り込み彪比古と竜見の城を目指す。東側のバルコニーから2人の姿がすりゴマより小さくなるまで、蓮見は見送り続けたのだった。




