巷説喧騒〜隠された心酔②〜
一夜でも仲姫が滞在すると知り、ご満悦の父王であった。おセンこと仲姫がこの本山に入城したのはもう10年ぶりである。
あのときどうして他国に嫁げと言ったのか、手元に置いておかなかったのか、御印を割って帰ってくる場を奪ったのは父王自身であった。竜見の城に籠もっている時も、朱山公に手助けしてもらい新たな居場所を見つけてからも、本当は父王も何とかしてあげたかった。しかし、立場的にも人目的にも娘一人に気を取られていると思われるのはよくないと臣下に諌められ泣く泣く諦めていた。
父王は、三姫を溺愛していると思われている。しかし実のところ仲姫が昔から可愛くて仕方なかった。大姫や王太子の陰に隠れてしまい、間に挟まれ苦しみながらも、自分のやるべきことを必死に考え自分の足で立とうとする仲姫が愛おしかった。優しい言葉かけをすると、ふと見せる嬉しさが込み上げてきたはにかんだ笑顔も正直、末姫より可愛くて抱きしめたかったが、まだ若く威厳もない父王はそれをすることができなかった。なので、妹のためにでもこの地に来てくれた仲姫に何らか褒美を考えねばと思っていた。
私室で悩んでいると、そこにやってきたのは側近の2人であった。一人は蔵人として勤める丘典と、秘書官の一人として側仕えをしている蓮見であった。蓮見は、女官の中では中堅で、豊満な胸元とくびれたウエストで父王との関係を怪しむ声も多く、裏では芙蓉様とまるで側妃のように言われることもある。しかし、丘典と蓮見は至って真面目に末姫のことで決まったこと、鬢胡への調整など一通り話をした。
深々と頭を下げ、室を下がろうとしたとき、父王に蓮見は呼び止められ、
「…会わないのか。」
と声をかけられた。
はっとした顔をしたが、
「わたくしは今、誠心誠意陛下にお仕えしております」
とだけ言って頭を下げて部屋を出た。
結城の毒婦とまで言われ、何事にも動じない蓮見が珍しく表情が歪んだ。丘典は心配をするが、もう蓮見の鉄壁の表情が変わることはなかった。
丘典は、幼少の頃より陛下の学友としてそばに勤めているので、この会話の意図を知っている。そして、何とか彼女の役になりたいとも思うが、それも叶わなかった。
丘典は、50の齢だが、この20近く離れた蓮見を陰ながら想っているのだった。一度結婚し、妻と死別する前からその、佇まいに息を呑み、見とれていたのだ。だからこそ、今更この関係を壊そうとは思っていない。このくらいの事務的な関係でも上出来だと想っているのだった。
かたや蓮見はというと、表情には出さないものの先程の陛下の言葉に動揺していた。
今日は彼女が待ち望んだ仲姫が帰還した喜ばしい日なのだ。しかし、会いに行きたくても仲姫との約束で会うことができない。蓮見から会いに行くことは許されていないのだ。仲姫に
「自分の代わりに陛下に忠誠を尽くしてほしい。」
と10年前に頼まれた約束を健気に守っているのであった。




