黎明の始まり~運命の岐路②~
気まずいお茶会から2日後、兄である王太子が数名の重臣とともにやってきた。人当たりが良く、誰にでもいい顔をする王太子は、爽やかな笑顔を振りまき、殺伐としたお国柄なのかあまり笑顔のない鬢胡の民を魅了していた。
末姫に再会するとすぐに抱きしめ、2週間しか離れていないのに寂しかったと言う。でも、本山にいたときだって週に一度会えるか会えないかであったのに、よくまあ言えるものだと口にはせず、私も兄上に会いたかったと微笑む。美しき兄妹の様子に、うっとりとする女官が多いことと言ったら、バルガン始まって以来の事件だったかもしれない。
婚礼に来てくれたのが兄上でよかったかもしれない。
末姫は内心そう思っていた。気心の知れた人…まあそんな人ほとんどいないが、三の姉上の伴侶である小公爵がやってきたら、末姫の機微に気が付き「大丈夫か」などと心配してくれたかもしれない。今の末姫の足元はぐらぐらで、少しでも心配されたら崩れてしまいそうなほど気持ちが不安定になりそうなのを必死に笑顔の鎧で隠しているだから。人は良いが、人の気持ちなど考えることなどしたことがなさそうな兄は、こんな大国の皇太子妃になることを喜んでいるようにしか見えない。離れて寂しいよなどというのは、末姫の内情など考えていないからだと思った。
翌日は、いよいよ婚礼となるわけなので早々に準備をして就寝をする。寝られるはずがない。夜風を感じるため、窓際に立ち外を眺める。町の明かりはところどころ付いてはいるが、本山の高台からみるあの煌めくような街明かりとは全く異なるものだった。ふとヨハの言葉を思い出し、神宮の森のほうを見た。
これから先、私の支えとなるのはこの森だけなんて…
そう思いながらじっと見ていると、森の奥に明かりが揺らめいているのが見えた。入ってしまった末姫が思うことではないが、不可侵の森であるのに何故明かりがと不思議に思っていると明かりはしばらくして消えた。もしかしたら、結城への思いが断ち切れない私の見せた幻影だったのかもしれないと深いため息をついて、また床に入ることにした。
翌朝、天気は雲一つない快晴であった。女官たちが末姫の準備に大忙しである。末姫はただ、座って目をつぶり、されるがままになっていた。サアカがすでにバルガンの女官たちのことも掌握し、迅速に動くように指示を出している。オリガは優しく傍に付き添っている。
仕上がったとサアカが声をかけるので目を開けると、今まで以上に美しく着飾られた花嫁が鏡に映った。結城の伝統衣装にレースのベールを身にまとった天女のような自分の姿に、こんなときでも美しいものだとふっと笑いが込み上げてくる。サアカを始め女官たちに美しく支度をしてくれたことに礼を言い、式の行われる大広間へと移動をする。
大広間の真ん中で皇太子が待っている。この扉が開いたらそこまでどんなに震えても歩いていくしかない。軍事国に嫁がされた絶世の美女の肩書欲しさに一も二もなく承知してしまった自分が恨めしくも思うが、乗り掛かった舟なのだから、一国の姫としてやり遂げる必要があると変なプライドが末姫のやる気のスイッチを入れた。大きな扉が開く、花道を覆うように来賓で埋め尽くされている。正面はステンドグラスになっていて、天井にも施されているのが見えた。ゆっくりと進むと、兄の顔が見えて緊張している部分がいくらか和らいだ。
末姫は皇太子の隣にたどり着き、皇太子の顔をじっと見る。これから式が挙行されるというまさにその時、けたたましいような音がバルガンの城中に響き渡ったのだった・




