黎明の始まり~夢か現か①~
竜見の村に来て、一週間が過ぎた。三姫ことおサエは、一人で起きることができるようになったことに満足していた。朝は一人で目覚め自分で着物を着てみる。着物の合わせ方すらよく分かっていなかったので、カラに教わりながら7割型一人で着られるようになっている。勿論仕上げはカラに頼んでいる。
しかし、やることがない。公爵家では、公爵夫人のお手伝いをしていた。雑務は多く、暇だなと感じたことはなかった。療養に来ている手前、夫人の仕事を持ってくるわけにもいかない。大好きな楽器は、玄人じみた演奏のため、身バレする可能性が高く、アヤから止められている。刺繍なども試みたがあまり集中できなかった。
まずはお茶の淹れ方をカラに教わる。湯を沸かすのも初めてで、おっかなびっくりではあるものの今朝はカラから及第点をもらったため、おセンのところで腕前を披露しようと家を出た。
今日はガジェットで寺子屋のようなことはしていない「休日」である。おサエは邪魔になりたくないという気持ちと、自分にはうまく教えることはきっとできないという苦手意識から、寺子屋がやっているときは極力寄らないようにしようと考えていた。子どもにいろいろ聞かれたとき、咄嗟にボロが出てしまうのも危険だと思ったからだ。
なのに母屋にもガジェットにもおセンの姿がない。どうしたものかと、玄関先でウロウロしていると、旅館の息子カズが現れた。どうやら、女将のお遣いのようだ。カズに全く気が付かずウロウロしているおセンをじぃっと見つめて、
「先生にご用なの?」
と尋ねた。
ヒィッと驚いた声を出しながら、カズに微笑んで
「こ、こんにちは…旅館の…」
と、名前が思い出せないでオロオロしていると
「僕ね、カズだよ。よろしくね。サエお姉さん。」
と、にこやかに答えてくれた。なんだか可愛らしい子だなとおサエは思った。
ジェッドの中にカズが案内してくれる。基本的には鍵がかかっていないジェッドは、寺子屋に習いに来ている子たちは、休みの日でもやってくることがあった。机に荷物を置いたカズに椅子を勧められ、おサエは腰掛けた。
おセンが今どこにいるのか尋ねると、カズはちょっと考えて
「多分、畑の奥の方じゃないかな?」
と話していると外からガサゴソと音がし始めた。
「ほらほら、きっと先生だ!」
そう言って走り出したカズを目で追うと、麦わら帽子に手ぬぐいを巻いたおセンが一輪車を押して帰ってきたところだった。
あの美しかった姉上の格好とは信じがたいが、それでもおセンは美しくみえた。
カズを見つけて笑顔になるおセンは、泥だらけでもあの頃のように美しいとおサエは思った。
カズがこちらを指差しながらおセンに何かを伝えている。するとおセンは中にいるおサエに向かって笑顔で手を振ってくれた。おサエはその姿に胸が高鳴った。
クシャッとなるような笑顔など、本山では見たこともなかったが、これがおセンの本来の魅力なのだと改めて思ったのだった。




