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城をつなぐ国~遺失の殿下①~

 九折の山道を越えて頂上に出ると、連峰の先に澄み渡った平原が視野に広がる。その奥側に小さく独立峰「本山」が見える。いつもは、あの本山の中にいるためなかなか外側から見ることもないが、川で路を塞ぎ大門から一周重厚な壁が聳え立つ何とも強固な山城だと、しみじみ携帯した軍用水筒から水を飲む。愛馬のチユは長いこと単騎で走らせているが疲れなど主人の前では見せない。赤茶色の毛並みのチユは生まれたときからこの彪比古(あやひこ)に育てられ、今はどこに行くにも一緒である。チユのために持ってきた林檎を切り、手づから食べさせている彪比古の来ている軍服の胸元には幾つもの勲章が光ってる。林檎を食べるチユを撫でながら西に広がる神宮の森を眺める。視野を南側に移しながら深いため息をついた。

 本山からの定期的に行われる視察団にはいつも彪比古の姿があった。鍛えられた軍人だが、整った容姿をしており、行く先々で若い娘たちは彼を見て息を呑む。理想の「都の軍人」が服を着て歩いているようなものだ。言い寄られることもあるが、彼は全くなびくことはない。それがまた、地方の娘たちの熱狂に拍車をかける。視察団の他の者に疎まれそうなものだが、それもない。誰かと懇意にしている様子もない。中には明らかに彪比古を苦手をするような顔をする者もいる。それもそのはずである。地方を何か月も視察し、警備のあり方を考える視察団に自ら志願するこの男は、結城の4大公爵家筆頭の白峰公爵の嫡男なのである。

 そんな位の高い男が、何故毎回視察に参加するのか。もちろん国の安寧を愁いた国王が縁者でもある彪比古をいつも起用していると言われている。確かに国の隅々まで国王が見て回ることもできないため、目となり耳となり努めている。そう言われればそれまでだが、それにしては位が高すぎるし、偏りが生まれるのではないか。将来は皇太子の右腕として活躍することを期待してのことなら猶更、陛下は他に何かを彪比古に託しているのではないか、しかも文武両道で現在第一騎兵隊副隊長のこの男は何度となく本山を留守にし、有事の際はどうするつもりなのかという声もある。何より彼は、視察中必ず単独行動をする。決まって国の南側に滞在しているときだった。何度か視察団に参加している者は何か密命を受けているのではないかと勘ぐることもあるが、彪比古の位の高さに誰も問いただすことはできない。側近くに控え、毎度共に参加している第一騎兵隊の者ですら置いていくのだ。こんな単独行動を大目に見ているのには、もう一つ理由がある。それは、彼が三の姫君の配偶者であるからだ。

 由緒正しい白峰公爵家は、王族との間と縁戚関係が色濃く、彪比古の母君は先王の末妹姫である。そして彪比古のもとにも王族の姫君が降嫁した。その辺の貴族でも太刀打ちできるわけがないのだ。準王族である彼は、皇太子と違い本山の外にも自由に出られ、また位が極めて高い、誰も文句の言うことのできない存在なのである。

 当の本人は、位が高いことで偉ぶるわけでもなく仕事にも真摯に取り組む有能な男である。第一騎兵隊では部下の面倒見もよく、位にかかわらず公平に物事を見ることのできる男なのである。だからこそ、彪比古が単独での行動をすると言いだしても信頼関係のある部下たちは何も言わずに送り出すのである。そんな彼がした最大の我儘は、この視察団に必ず入りたいと国王に直談判したことだ。

 この使節団入りは国王からの打診ではない。彼が望んだことなのだ。第一騎兵隊の仕事も大事だが、それよりも大事にしなくてはならないことがある。そう思い、国王へ願い出たのだ。


 自分にできうることであれば、必ず報いるため国王からの直選という形をとってほしい。


 これは、国王と彪比古だけの密約である。この約束をして早8年。彪比古は、この約束のために国王の私用の任務でも引き受けたし、たっての願いで三の姫君をも貰い受けた。それでも彼はこの活動をせずにはいられないのである。


 反対側の山道を下りはじめて、小雨がぱらついてきた。今日は無理せず野宿をしよう。携帯していた野営道具を確認し、川辺の場所にテントを張った。川の水は清らかで、なくなりかけていた水筒にも水を入れることができたし、チユも嫌うことなく飲んでいた。夜になって雨は止み、厚い雲の切れ間からいくつか星々が見えた。そんな星を見ながら彪比古が思いを馳せていたのは10年以上前の思い出であった。幼いころから苦楽を共にし、ずっとともにありたいと思っていた人と国境近くで見た美しい星空。唯一無二の主と決めた人物は、今頃どうしているのか。この10年会うことができないが自分にできることをしていたいという自己満足なのである。


それがたとえ妻帯者となった今でも。


それがたとえ 妻の姉であっても。 

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