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城をつなぐ国~迎え女官⑤~

 まだ、空が太陽の光を含まない頃、與鋼は本山内にある青沼伯爵邸から出仕をする。宮殿の中に部屋を用意すると何度も末姫から言われたが、丁重に断りを入れている。家に帰っているのは、家族の仲が良いからではない。兄二人の動向が知りたいからである。

 伯爵家の男子。聞こえはいいが三男は何の旨味もない。どんな弱小貴族でも跡取りでなければ、家督も継げない。幼い頃から、聡いと評判で武芸もたしなみ、文武両道の神童とちやほやされても自分には何の得もない。このままでは家督が継げないので、命を懸けて軍部に入るか、諦めてアズマの関係施設で民間人の働く中でトップとして管理職として人生を全うするか。別に自分の才が生かせるのであればどこでも良い。しかし、自分より才覚のない長兄が後を継ぎ、何の苦労もなく本山にて生活することがなんとなく幼心に許せなかった。

 将来本山に入山できる一流の人間でいるために


 彼が思いついたのは、童殿上であった。政務の雑用を行う者、女官見習いとして働く者いろいろいるが、彼は末姫の教育係兼遊び係としての任を担うことにした。彼女は両陛下に一番愛されていると有名で、彼女のために尽くせば覚えめでたいことは間違いない。

 初めて会ったとき、末姫は5歳、與鋼は8歳であった。身の回りに幼い女児がいないため比べることはできないが、確かに見目麗しい女児であった。笑った顔に両陛下共に弱いようだった。しかし、彼には愛おしさとかそういうものは末姫に対して持ち合わせることなく気が付けば11年の月日が立っていた。成人の儀を終えて鬢胡への輿入れも決まった末姫は樹下美人と言われる髪型になり、それがまたよく似合った。手のかかる妹のようにすら思えていた與鋼にはどうでもよいことである。それよりも末姫が10歳になるときに名前を賜った與鋼は、鬢胡に同行するべきか、それが問題であった。それほど末姫を大事におもっているのかどうか自分でもわからない。そもそも童殿上したのは、個人で賜爵するためであって他国についていくためではない。こんなことなら三の姫君に出仕すればよかったと溜息をつくような時もある。三の姫君は、公爵へ降嫁したためほとんどの侍従は本山に残っている。 もうすぐ、迎え女官が鬢胡よりやってくる。與鋼は結城王に謁見し、覚悟を決めた。


「迎え女官というのは、堅苦しい人物かしら。鬢胡に共に行く者がしっかりものばかりになってしまうと私は息詰まってしまうのではないかしら。」


 人払いをしておやつを食べる末姫は、言いながらお菓子を頬張った。絶世の美女というイメージを崩したくないようで、甘いお菓子をたくさん食べたいと思うときは、幼いころから仕える小銅と與鋼しか置かない。深いため息のような、咳払いのような何とも言えない彼なりの気合を入れて淡々と言った。


「ならば、鬢胡には明朗な侍従を連れていくとよいでしょう。私は結城に残りますので。」


 キョトンとした顔で、末姫はお菓子をパンパンの頬が動かなくなった。


「何を言ってるの?噓でしょ?ヨハは…一緒に、一緒に行くにきまってるわ」 


「申し訳ありません。こちらに残って姫様の援護を後方からするべきものが必要であると考えました。王様にももう了解済みです。」


いやだいやだと言いながら側に近寄る末姫から一歩一歩と後ずさりする。幼いころから仕える身としては誤解を生じさせる距離はとらないと決めている。


「姫様が結城を去られたら、子爵を賜爵していただくこととなっております。南方の領地で、鬢胡に何かあればすぐに参ります。」


泣き崩れる末姫は、駄々をこねる幼子のようだったが、父王が了承していることをひっくり返し、本人が望んでいないのに連れて行っても上手くいかないことくらい理解していた。


取り乱して泣いてからしばらくして、またテーブルに行き泣きながら末姫はお菓子を口にした。他の誰でもない自分のためだ。彼女は「世界で一番美しい姫」であることに心酔している。だからこそ、侍女たちが戻るとき取り乱した姿は見せない。一糸乱れぬ完全無欠の末姫様であることが生きがいであるからだ。そして、與鋼に対して未練はあるもののひきずってまでの思い入れがあるわけではない。彼女はそんな人だ。與鋼はそんな末姫を興味深く冷ややかにずっと見守ってきた。もうすぐそれも終わるのだ。


数週間後、鬢胡から迎え女官がやってきた。異国の姫君にお仕えしようなどと、いずれは国母となるかもしれないが、供の者もわずかに異国に乗り込んでくるという娘に対し、與鋼は興味があった。自分のように野心のある人物であるのか、末姫を足掛かりに成り上がろうとしているのか。自分がやってきたことなのに、他人に末姫を利用されるのも面白くない。末姫に報告するため調べたところ、彼女は伯爵家の長子。貧しい領地と多くの弟妹を抱える。どんな野心を持った人間なのか、値踏みしてやるつもりで対面した。


ところが、会ってみると華奢で気弱そうな少女であった。異国の正装は国からの支給なのか、着慣れない様子が手に取るようにわかる。やわらかい栗毛をレースリボンでまとめ上げ清潔感がある。


人の良さそうなのは演技なのだろうか


織鐘の名前を賜ったその少女は、物腰の柔らかさで末姫の周りの侍従たちと距離を詰めていった。異国から乗り込んでくるだけのことはあって人心掌握術ともいうべき様子である。ある時、鬢胡の菓子を焼いたと嬉しそうに持ってきた。こんな焼き菓子で人を篭絡しようとしているのかと思い、嫌味の一つも言ってやりたくなった。


「菓子も大事かもしれませんが、あちらでの食につなげるにはまずは姫の食事に一品親しみやすそうな品をつけるのもいいのではないでしょうか。」


しまったと思った時はもう遅かった。織鐘は今にも泣きだしそうだ。とっかかりになればと震えながら言い残し、その場を去った彼女に対して罪悪感が募った。何故こんなに苛立つのであろうか。末姫にこれからを託すことが不安なのか、自分のいるべき場所を取られると思うことが歯がゆいのか、自分が望んだことなのに…。そんなことを考えているなどとは誰も気づかない程すました顔で、珍しく自分の言動に反省をした。


その日の夕食に織鐘は、前菜を一品足して持ってきた。焼き菓子のアレンジだそうだ。


「與鋼様のアドバイスと生かして一品作らせていただきました。」


にっこりと微笑む彼女は、泣いたのであろう目の脇が赤くなっていた。その笑顔が勇ましく見えた。自分に対してこんなに食らいつく女官も珍しい。これくらいの気骨があれば、きっと末姫のことを最後まで支えられるのではないかと、フッと笑いそうになる。自分にはできなかったことをやってくれるかもしれないこの異国の女官をこれから見守ってやってもいいかもしれないと思うのであった。

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