始まりへの門出〜知らずの憂慮⑤〜
本山を出て3日目の朝、三姫は竜見の麓までやってきた。馬車公爵のものでも、ましてや王家のものでもない、一般的なほとんど装飾なんてない馬車で、今まで乗ったどんな馬車より乗り心地が悪かった。庶民的な場所のため父王が用意した護衛も最小限だ。しかも、三姫はアズマから出たことがなったため3日も馬車に乗り続けるなんて、腰がどうにかなりそうだった。しかし途中でやめるわけには行かない。
父王に仲姫の所に行く許可を取り、朱山公に対面した。幼い頃は何度か会ったことがあるが、しばらくぶりに会った朱山公は、相変わらず結城の人間にしては大柄で髭を蓄えており、何のことで謁見の間に呼ばれたのか分からない様子だった。
しかし、三姫から彪比古が竜見の麓の村で姉、仲姫に出会った話を聞き、驚いた顔を見せた。
朱山公は、陛下にすら「預かる」とは伝えたが、正確な場所までは伝えていなかった。陛下が知らない所に置くことが、父と娘にとって最善だと思ったからだ。しかし、昔馴染の小公爵に出会って身元がバレたとなると黙っているわけにはいかない。
深い溜息をついたあと、竜見の村に何か会った時の別邸として購入していた赤い屋根の家に、心身衰弱していた仲姫を気分転換に連れて行った後、その地を気に入った仲姫をそのまま滞在させることとした経緯を洗いざらい話始めた。
村の者たちには、大店に輿入れしたが若くして伴侶に先立たれた後家と言ってあること、村長にだけは、商家の令嬢ではなく、自分の身内であると伝え、何か困ったときは力を貸してもらえることになっていること、村の子どもたちに空き部屋で手習いを教えていること、村ではおセンと名乗っていること、半年に一度…春と秋に様子を見に行っていること…。ここのところ都合が付かず秋には行けなかったため手紙を書いたが…仲姫からは「驚いたことがあったから次に来たときに伝える」と書かれていたこと…
と、言って
「驚いたこととは小公爵のことだったか…」
と言った。
詳細な場所を教えてもらい三姫は村の手前で場所を降りた。一人で歩き始めて、彪比古から雪掻きを手伝ったと聞いていたが、確かに相当降ったはずの雪が道からは掻き出されており、歩きやすかった。彪比古がチユと共に定宿にしているであろう宿屋を横目に見ながら、少し坂を登り村の外れの方まで行くと、赤い屋根の家が見えた。中の様子をうかがっていると、勢いよくドアがあき、何人かの子どもたちが出てくる。どうもお昼に帰るようだ。遅れて出てきた女性の後ろ姿に見覚えがあった。
質素な着物に袴姿の立ち姿。肩あたりまで髪は短くなっているが間違いなかった。子どもたちに手を振って見送るその女性を、見つめる三姫の目には涙が溜まりしっかりと見ることができない。そのせいか、一歩、また一歩と吸い込まれるように寄って行ってしまった三姫の気配に気が付き、仲姫ことおセンが振り返った。
そこには、商家の令嬢のような格好をした泣きじゃくる、見覚えのある懐かしい女性が立っていた。
「お…おね…さま…」
間違いなく妹だった。妹は、吸い込まれるようにおセンの懐に入り声を上げて泣いた。
驚きと、懐かしさの入り交じる再会であった。




