始まりへの門出〜知らずの憂慮②〜
雪掻きも大分終わって、おセンのところに本日2度目お茶をしに来たのに、ロクが付いてきてしまって面白くない。どう考えても、今の自分よりも長い時間を一緒に過ごしている二人には、先生と元生徒というより姉弟…のような親密さを感じる。彪比古は客として、お茶を啜るだけで、ロクは台所でおセンの隣に立って一緒に茶菓子の準備を仲睦まじそうにしているのだ。おセンもとても優しい笑顔をロクに見せる。いつもは無表情に近いくせに、ロクも微笑んでおセンを見つめる。これは、憧憬なのか恋慕なのか…。未亡人として髪を肩まで削ぎ、操立てした高嶺の花のおセンの周りに幼馴染の男がウロチョロしたら、面白くない…という彪比古に対する牽制なのだろう。
準備を終えて2人がテーブルにつこうとしたとき、マサが現れて、村長がロクを呼んでいると伝えに来た。完全に面白くなさそうな顔をしていたが、渋々おセンに別れを告げて、マサと出ていった。
この部屋に別におセンと彪比古の二人だけではない。昔から馴染みで名前を変えたマイがいるので、いかがわしいことになんてなるはずがないのに。ロクがここまで彪比古に注視するのは、
自分の知らない過去を知る男…おそらく自分より仲が良いと思われる男…おそらくおセンをただの幼馴染以上に思っている男…と気づかれているからだろう。
慌ただしく出ていくロクを見送り、席についたおセンと、最近の三姫の話をする。仲はいいがオシドリ夫婦ではないことには、きっと気がついているのに、おセンはそのことに触れてこない。
「大事な妹」を守ってあげてほしいことを伝えてくる。それを言われると、彪比古はいたたまれなくなる。この村に来ておセンに会っていることは、誰にも内緒で…何度も来てしまっている彪比古は、裏切り行為と言われても否定のしようがない。現におセンに会いに来ているのだから。
のらりくらりと三姫の話を交して、末姫の話になった。
本山やアズマでは、この話題で持ちきりだ。おセンの茶碗を持つ手が止まる。おセンが輿入れ道中をして以来、結城から他国に嫁いだ王族はいない。自分の時のことを思い出しているのだろう、眉間に皺を寄せている。
「四姫…には」
おセンは末姫とは呼ばない。それは昔からのことで、彪比古の母、公爵夫人と同じだ。ぷつり、プツリと言葉を途切れ途切れではあるが、おセンは口にする
「どういう形であれ、どうしても幸せに…なってもらいたいのよ。」
そういうと、おセンはお茶を飲んだ。それは他国への輿入れを曰く付きにしてしまったという思いと、妹に幸せになってほしいという思いが含まれているようだった。
ストーブの上の薬缶がカタカタ鳴る。マイが薬缶をストーブから外しているのを眺めながら彪比古は、
「きっと…大丈夫ですよ。これだけ、おセン様が心配してくれているのだから。」
と言うと、おセンはふっと笑い
「あの娘には、知られるはずないわ…。それに私が心配してるなんて考えたとしても、縁起が悪いわよ。ただただ祈るしか出来ない。妹2人の幸せをね。」
と意地悪く彪比古を見た。何不自由ないことが幸せというなら三姫も幸せだ。でもおセンの言う幸せとかきっと違う。そしてそれを彪比古も理解している。
見つめられた彪比古は居心地悪そうに苦笑いしながら頭を掻いた。
無理な休暇を取ったため、もう帰路につかなくてはならない。こんなに平和で幸せな時間は2ヶ月後にまた来るものだと思っていたのに。これから先、こんな時間はもう来ないことを、2人は知る由もなかった。




