始まりへの門出〜知らずの憂慮①〜
冷え冷えとした空気の中、おセンは朝の準備を始める。この時期の水はただでさえ冷たいのに雪解け水が更に手を悴ませる。赤くなった指にはぁ〜っと息をかける。自分の両手をまじまじと見つめ、シラウオのようであれと言われ続けた指は何ともたくましくなったと思うのであった。
この村で、生活をし始めて自分はなんと何もできないものだと呆れ返ったものだ。母と姉のために尽くしたいなどと思っていた自分が恥ずかしい。一人で身支度したのもここに来てからだ。流石に一人暮らしは竜見の城の者たちからも朱山公からも猛反対されたため、側仕えの中から一番年若の小手毬を常駐させた。この立場なので、女中という扱いになる。品性あふれる女官にそんな生活させたくはなかったが、小手毬はとても喜んでくれたし、綿の服も颯爽と着こなした。最初は一人でできなかった着付けも小手毬が親切に教えてくれて着られるようになったわけだ。
小手毬は結城の民族にしては珍しく髪が茶味がかっていて笑うと笑窪がくっきり出る、小手鞠の名がしっくりくる小柄で愛くるしい娘である。小姓として仲姫の頃から仕えてくれていた。この村では賜名の小手毬を使わないようにおセンが伝えると、最初はとても嫌がった。歯向かったことなどない小手鞠は、馴染み深い名前を手放すことにも仲姫から賜ったものを使えなくされることにも抵抗したのだ。しかし、仲姫が華を名乗らないのであれば仕方がないと、渋々諦めてくれた。
元の名もでもいいと伝えたが、首を横に振り
「姫殿下が、華を捨て蘚類と名乗るのであれば、私はゼンマイからマイと名乗らせていただきます。」
おセンは驚いたが、マイという名で今は通っている。竜見の城から定期的に報告にくるため、通いで来てくれている女中の設定としている緋梅も、マイが羨ましいといい、自ら名前を考え始め、土筆からとって、クシと名乗ってこの村では過ごしている。
竜見の城に籠もっていた間、どれほどの人々に心配されてきたのか、今元気にしていることにマイもクシも時々涙ぐむことすらある。それを申し訳ないと思ってしまう。
だからこそ、彪比古と再会し何度もやってくることを断れないのは、彼もまた身が千切れそうなほど心配してくれていたことを知っていたからだった。三姫のことを思うと、正直これではだめだと思うのだが、昔に戻ったようで心地がいいのも正直なところなのだ。
申し訳ないと思いつつ、彪比古が慣れない雪かきに来てくれたことも、正直嬉しいと思ってしまう自分がいたことに驚いていた。
もうすぐお湯が沸く。彪比古が雪掻きをする前にこちらに寄るだろう。せめて身体を温かくしてから作業にとりかかってほしいと思うのであった。




