始まりへの門出~一抹の不安⑤~
山越えして来たせいか、アズマのあたりよりも雪が積もっており、雪かきが大変なこの竜見の村で、村の仲間と一緒に慣れない雪かきを汗をかきながら彪比古がしている。もちろん三姫が彪比古の欠勤を知ったことなど知る由もない。
実際のところ、彪比古がこの半年で家族に嘘をついて欠勤し、この村に来たのは初めてではない。チユと一緒に去った後、しばらくは心配をかけた家族のために仕事に勤しんでいたが、仲姫ことおセンが夢にまで出てきて会いたさが募り、辛抱たまらず一か月後気が付いたら再び竜見の里に着いていた。意識がなくても勝手に動いたようで、非番の前日に仕事が終わった後、一度屋敷に戻り荷造りをして父親には師匠と再会した話をしていたこともあり、警備隊と一緒に活動をすると、父親にだけ言い残し急な仕事と三姫には嘘をついてチユと一緒に竜見に向かったのだ。着いたのはもう宿の食事処の面々は酒が進んでおり、数少ない素面の女将が気が付き、太客の出戻りに喜んだ。翌朝おセンは、また来たのかというような驚いた顔をしていたが、噴き出して笑っていたのでなんとなく安心したことを覚えている。
おセンには、毎月くることは三姫を悲しませるからせめて数か月空けるべきなのではないかと諭され、本当は毎月始めの休みは連休にしてここに来ようと思っていたのに、すぐにその話をされてしまって出鼻をくじかれた。しかし、彪比古はもう会えないと思っていたおセンにここで会える喜びを知ってしまった以上、この気持ちを止めることができなかった。おセンに食い下がり、二カ月に一度…という約束を強引に取り付けた。来るたびに迎えてくるこの村の人々の暖かさに、まるでこの村が自分の故郷のような気すらしてきた。二か月分の休みをここにできうる限り当ててきているとはいえ、
休みをまとめて当てているとはいえ、数日で帰ることになる。帰る前日はいつものようにマサを中心に送別会という名の飲み会を開いてくれ、「また来てね」とか、「次は二カ月後だね」とかもう古くからの友人のようだ。この人たちとずっと一緒にいたいとすら思う。いつか、宿に仮住まいをするのではなく、あの村に小さな家を買っていつでもおセンと一緒に過ごせるようになりたいというような、夢のようなことを考えながら村を後にし、そして本山に戻って現実を暮らすのだ。
二カ月に一度…この60日がいかに長く感じられることか、彪比古は指折り数えてその日を待った。そして、もうすぐまたおセンに会えると思えば、不思議と仕事にも力が入った。家に帰ると三姫に対して後ろめたく感じているせいなのか、更に優しく接するようになり、傍からは仲睦まじく見えていただろう。しかし、彪比古の心は本当は今にも飛び出して竜見に行きたいと思っていた。そんなこんなで彪比古は既にこの半年で三回この村に来ている。そして今回が四回目。今回は雪が降って大変だろうからと、約束を守らないことにびくびくとしながら伝えた。おセンは、言い訳がましい彪比古に呆れたような顔をしたが、ありがとうと言ってくれた。
二カ月に一度既に予約している宿だが、イレギュラーな彪比古の登場に驚いていた。雪で足元の悪い中どうやってきたのかというような顔をした女将だったが、竜見城付近の雪状況を確認に来たとそれらしい嘘をついた。ちなみ彼は、再び来た時から警備隊に所属していることにした。師匠に再会した時からその構想があったのだ。今回は雪の状況を確認に…というわりに一人できていることに不思議そうな顔をした女将だった。これから部下の皆さんがくるのかと尋ねてきた。もちろん警備隊の人間は連れてきていない。自分が上流貴族だとバレるわけにはいかないからだ。女将の問いに爽やかに笑って答えた。
「半年前ここで過ごさせてもらって、恩義を感じているのです。だからいてもたってもいられず、竜見城への遣いを買って出ました。なので、本来なら今は非番中なのです。」
ここに来るために嘘ばかりつくようになった彪比古だが、この話は半分は嘘ではない。竜見にたどり着かなかったらきっと生死をさまようこともあったかもしれない。おセンにも再会することなんてできなかったかもしれない。恩義を感じているのは本当なのだ。そんな彪比古の思いを素直に受け止めた女将は、感涙にむせいていた。少し後ろめたくは感じたがこれでここにいても怪しまれないことにも安堵した。
今回の休みはさほど多くは取れないが、とにかくこの村の人のために少しでも役立ちたいと彪比古は、何も知らずにただただ雪かきをするのであった。




