始まりへの門出~一抹の不安④~
西の館で、三姫と末姫はまるで三姫が嫁ぐ前に戻ったように同じ時を過ごした。しかし、昔よりもその他愛ない話をして、自然と笑顔になることは格段に増え、気が付いたら長々と過ごしてしまっていた。輿入れする前に末姫とお茶をしてもほとんど末姫の「他にどう見せるか」の練習台になっていたようなものだから大して美味しくも楽しくもなかったのに、なんだか今日は名残惜しいと思うほど話が弾んだ。もうおそらく会うことがほとんどなくなる妹との別れが惜しいのか、本来の妹を知って離れがたいのか、三姫にはよくわからなかった。
末姫と別れ、西の館を出た。城の中央に位置する南の館が文官や父王が政を行う場所、その前に武官たちが鍛錬する道場がある。確か、今日は彪比古が雪の様子を見に行くと言っていた。雪に慣れない結城の人々のために動く、彪比古のきめ細かい仕事ぶりに元王族として感心してやまない。国中の巡視をしに行っているのかと思ったら、鍛錬場からは声がする。みんないないと思っていたのにどうしているのだろうと三姫は自然と鍛錬場の方に足が向く。
すると、見覚えのある彪比古の部下が三姫に気が付き寄ってくる。
「御寮人様」
大きく手を振りながら駆け寄ってくるその姿は大型犬のようであった。
「城に御用だったのですか?あっ!そうか末姫様が御輿入れ間近だから」
自己完結しながら三姫に話しかけてくるこの男は、彪比古の直属の部下の道緒と言う。道緒は悪い人間ではなく、すこぶる人懐こい。
しかし、こういった輩があまり得意ではない三姫はにこやかにほほ笑み頷くだけにしておいた。
「しっかし、今日は副隊長が登城されていないから鍛錬が見れず残念ですね。」
続けて言う道緒に三姫は思わず声を出してしまう
「今日は登城していないのですか。」
そう尋ねると、えっ?という顔をしたあとに
「雪が心配だから巡視に行くので、2,3日休むって言ってましたけど。」
道緒の話を聞いて、三姫は考え込んだ。
確かに、彪比古は「雪の様子を見に行く」と言ったのであって、巡視隊を作って見てまわるなどとは言っていない。しかし、一人でこの雪の中、どこを見て回るというのか、限りがある。第一騎兵隊副隊長ならば、隊員を動員して見て回ることを提案し、手分けするのが筋なのではないか。休むならそう言ってくれればいいのに、仕事であるかの如く颯爽とチユに跨り出発した彪比古の顔は、なんとも言えない顔だった。自信にあふれたような、やる気に満ちたような…仕事の邪魔をしてはならないと思った。だからこそ、三姫は彪比古に公式ではない城への登城について言わなかったのだ。
考え込んだ三姫の顔を見て余計ないことを言ったかもしれないと気が付いた道緒は、
「あ…でも、もしかしたらアズマの第二警備隊と一緒かもしれません。最近、師匠に会ったと言っていましたから。」
第二警備隊…アズマの貴族よりも庶民の割合が多い部隊と一緒にいるのか。元王族の三姫からすると、アズマの民は大事だが自分の生活とは一線を画しているものだと思っていた。公爵への使用人たちもほとんどが下級貴族か豪商の出身などが多いためかかわりがないのだ。しかも、師匠に会ったなどと言う話も聞いたことがない。なぜ、部下には話して妻である自分に話してくれないのか。なんだかもやもやが募ってしまった。
気が付くと心配そうに道緒がこちらを見ていた。扇で顔を隠している者の、不安が見て取れてしまったのだと、三姫は慌てる。
「休みを取ってまで、見回りをするなど旦那様はなんと民思いなのか」
と、末姫仕込みの微笑みを浮かべた。
あまりの美しさに一瞬見とれた道緒だったが、すぐに頷き
「副隊長の行いには頭が下がります。」
と自分の上司を褒めたたえた。
先ほどまで晴れやかな気持ちであった三姫の心に、不安が滞り始めていた。




