始まりへの門出~一抹の不安②~
父王は、三姫に優しかった。それは、我が子を比較して考えたときもおそらく一、二を争うほど三姫に対して慈愛を込めていた。いつも頭を撫でてくれる大きな手が三姫は好きだった。優しいその眼差しに申し訳なさのようなものも感じていた。
逆に母后に目をかけてもらったという思いはほとんどない。母后は平等に甘やかさなかったというと聞こえはいい。ただ、兄の王太子と末姫にだけは特別なように三姫は感じていた。母は三姫を生む前から末姫を生んでしばらくするまで、本山に帰らず実家で過ごしていたため、三姫は幼少期を本山の城では過ごしていない。本山の城に戻ったときあまりの大きさに三姫は眠れなくなってしまっていた。本山での暮らしも慣れるまでに時間がかかったことに対して父は不憫に思っているようだった。
そんな大事な三姫からお願いされた結婚話。父王はその前に彪比古と違う約束をしているが、それは三姫を嫁がせるかどうかの話ではなかったし、結城王のために心血を注ぐと約束した男に愛娘を嫁がせるのに何の問題もないと思ったようだった。そうして二人の婚姻は結ばれたわけである。
三姫の名は貴鳥と言う。自然界の四季折々の美しいものを花鳥風月と表すように、彼女もまた結城の一族として美しかった。しかし、彪比古との結婚は、本当の意味での夫婦にはまだなれていないのだ。そのことを、彪比古はまだあどけない姫に無体なことはできないというが、もう三姫も来年二十歳を迎えようというところまできている。
失踪事件のあと、歩み寄ったように感じた彪比古との距離もそれ以上近寄ることはなく、むしろ面白がっているのか、彪比古の弟である柾比古のほうが何かしらにつけて話しかけてくるので、あまりいい気がしない。義弟ではあるものの三つ年上である柾比古は堅物であるくせに、三姫にだけにやにやとしながら寄ってくるのが、三姫には気色悪いのだ。本山で姫君がこんなアプローチを受けたことなどあるわけがなく、苦笑いしながらその場をやりすごすしかできない。
姉上の縁談相手は、本来この私のはずだった。
最近の柾比古の決め台詞である。確かに、白峰公爵家へ嫁ぎたいとの話を父にした時、彪比古とは言っていないため、公爵家へ打診するとき歳の近い柾比古なのかと父王は迷ったらしいが、そもそも接点のない二人であるし三姫に確認をすると食い気味に否定をされたため彪比古への打診となった。国の姫が公爵家を継ぐ者に嫁ぐのは分かるが、柾比古は次男。自分で創設するとして何かしらの武功などをあげない限り爵位はそれほど高くないことは明白である。それを、何故今更柾比古は自分がふさわしいかのような言い方をするのか三姫には全く理解ができない。
朝の見送りから一度部屋に戻り、昼用に着物に着替える。三姫にとっては洋装よりも本山で着ていたような着物の方がなんとなくしっくりくる。10時頃、温かくなってきた頃に義母である公爵夫人とお茶を飲むのが定例である。他愛ない話をこの場でするのもお決まりだ。
「貴鳥さん、もうすぐ妹姫の輿入れだけれど、最後に会いに行かなくてもいいの?」
優しい公爵夫人は、三姫にこう尋ねた。公爵夫人は三姫を名前で呼ぶ数少ない人の一人である。そして、末姫を「末姫」と呼ばない。それは、自分がそう呼ばれていたからのかどうかは分からないが、そう呼ばないのだ。
「妹とは、兄妹の中で一番多くの時間を過ごした仲ですので、どこかであいさつに行き都と思いますわ。」
三姫は、つられるように公爵夫人の前では末姫と呼ばない。妹が一人なのでこういうときは助かると思っている。
「それにしても…」
公爵夫人は、言いかけて一度お茶を飲んだ。
「もう「末姫」なんて呼ばれる姫ができないことを祈るわ。貴鳥さんの妹姫にも幸せになってほしいもの。」
そういうと公爵夫人は再びお茶を飲んだ。
初めて姑の口から末姫と言うワードを聞いたが、妹に対してというより、「末姫」と呼ばれることにまるで意味があるかのように言われたが、三姫にはどういう意味か尋ねることはできず、ただただ愛想笑いを浮かべた。




