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天狗 ~神眠る森~  作者: 東雲 景惚
萌芽の予感
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始まりへの門出~一抹の不安①~

 冬の間結城の城、本山は末姫の婚礼の準備で大忙しであった。結城の風土的には雪深くはならないものの言っても冬だ。雪に慣れていないせいで少しの雪で、アズマの人々も大騒ぎであるし、ましてや山城となっている本山は、更に雪が積もるため雪が降った翌朝などは本山の斜面が凍り付くため、大の大人が転げまわっている。しかし、末姫の婚礼は待ってくれない。雪が解けたら、末姫は輿入れまでカウントダウンである。

正直なところ、末姫は結婚相手の顔を写真でしか見たことがない。この本山から出ずに過ごしたせいでもあるが、あちらもアズマの迎賓館に来ることはなかったというしお互い様である。写真で見る限り容姿は整っているが、なんせカメラの前でじっとしている数分間微動だにしないというわけにもいかないわけだから、正確かどうかなんてわかったものではない。ちなみに鬢胡には末姫の写真は送っていない。末姫の美しさを写真などに納めるわけにはいかないと、親衛隊なる女官たちに猛反対されて写真を撮ったことがないのだ。彼女たちの言うことも正直わかると思ってしまう末姫だが、それよりも写真を送って当代一の美女ではないと思われることにも不安があったのだ。確かに父譲りの美貌に自信はある。しかし、それは姉兄たちも同じであり、彼らを知っている人から見れば「あ~あの姫さんたちはみんなきれいだから別に一番じゃないよ」と思われるのが癪なのである。現にガルダニアの后である大姫は美貌に磨きがかかり、恐ろしいほど美しかった。末姫は姿を現さなかった分、末姫はハードルが信じられないくらい高くなっていることにさすがに気が付いている。だからこそ、結婚相手には直に会って美しさを確認してもらわないといけないと思っていたのだ。

絶対に美しい私に、惚れこませなくてはならない


末姫は決意するのであった。



※※※

 雪深い本山の中、広い屋敷を構えるのが白峰公爵家である。寒さに弱いのか「元末姫」である公爵夫人は、何枚もの毛皮の羽織を重ねて来ている。既に50に手が届きそうな歳なのに、その愛らしさは彪比古の姉と言っても誰も疑わないだろう。公爵夫人はいつもと同じ温度でもいつもより温かく感じるお茶をカイロ代わりに手にずっと持っている。これは冬の朝の公爵家の奥の間でよく見られる恒例的なものである。愛する家族を見送るため寒さをこらえて着ぶくれした公爵夫人が寒さをこらえる。もちろん暖炉に火もくべているがそういう問題ではないそうだ。

嫁いで三年たつ小侯爵夫人三姫もこの様子にすっかり慣れて一緒に席についている。三姫はアズマの民から人気は高く、今では「姫御寮人」と呼ばれている。アズマの屋敷に降りることも多く、人目に付くからかなのか、あまり姉兄の中であまり陽の目を見ずに過ごしてきたせいで、うれしさでむずがゆくなったりする。寒そうな姑である公爵夫人を支えながら、舅である公爵と夫である彪比古、弟の柾比古を見送る。義父母は本当に仲が良く、出仕しにいくだけなのに今生の別れのように愛おしそうに抱擁して別れる。彪比古はただただ、淡白に「行ってくる」とだけ言っていたのだが、半年前の失踪騒ぎからきちんと目を見て言ってくれるようになった。それだけで幸せだった。

どうしても彪比古と結婚したいと、初めて父王に泣きついて決まった結婚である。小さい頃から姉である仲姫と切磋琢磨しながら剣術や学問を学んでいた姉の学友。三姫は姉兄妹の中で、一番仲姫のことが好きだった。大姫は気高く、自分にも周りにも厳しい人で何か言うと「もっと努力するべき」と言われてしまう。すぐ上の兄は、ただ一人の王子だからかとても寛容に育てられ、その影響かポジティブなことしか言ってこない。「いつも三姫は可愛いよ。」と内容のない言葉ばかりをくれる。下の妹姫である末姫は、三姫よりも生まれた時から愛らしく、隣に並ぶのに気が引けるので、できれば側にいたくないとすら思っていた。三姫はこの三人に対して居心地の悪さしか感じていなかった。

でも、仲姫は違った。自分が欲しい言葉をくれる。安らげる居場所をくれた。三姫は楽器をこよなく愛していた。よく仲姫に聴いてもらっていた。もちろんそこには彪比古がいることが多く。二人はいつも三姫の話を聞いてくれた。この指使いがうまくいかないだとかこの技巧は手が大きくないと難しいとか、一般教養として楽器は習ってはいる仲姫は、時にアドバイスもくれた。根を詰めすぎてはいけないと注意もしてくれた。かけがえのない姉であった。でも、いつしか姉の隣でほほ笑む彪比古に聴いてほしくて通っていたのかもしれない。

仲姫が嫁いで、いや、正確には本山から出て辰見の城に籠るようになって、めっきり彪比古とは会うことが減った。姉よりも年上だった彪比古はもうそろそろ結婚してもおかしくない。相手が仲姫であったのならまだ納得がいったが、他の人に彪比古を取られたくないと思ったのだ。

しばらくして、兄の王太子の婚約がやっと決まった。次は、三姫の番であることは明白であった。仲姫の事件から既に3年が経過していたがそれでも彪比古は独り身でいた。チャンスだと思い、父王に泣きついたのだ。


「最初で最後のわがままをお聞き届けください。私は、白峰公爵家に嫁ぎたいのです。」


三姫は、父王の膝に泣いて縋った。


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