麗しき一族~張子の王子④~
謁見の間での、巫女妃介入で場は荒れたものの、王太子にも挨拶ができ末姫の挨拶は一度で終わって、すぐに末姫は西の館にある私室に戻った。
北の館に住まう両陛下の元から末姫が西の館に住まいを移動したのは、4年前。皇太子が成婚するにあたり東の館は王太子夫婦の居館とするため、改装工事が入った。東の館に祈祷所を作るとか、テラスの方向がどうとか妃殿下側からの要望も多ったので、ついでと言うわけではないが、まだその頃は城にいた三姫と末姫は西の館で過ごすこととなった。
もともと大姫が西の館、仲姫が東の館を居としていた。二人がいなくなった後、王太子は西の館に、三姫は東の館にいたのだが、ややこしいことに、妃殿下が神託で東にせよと言われたというのだから、結城の城は入れ替わり立ち代わりが大変なこととなってしまったのだ。なので、よい機会と言うことで末姫も西の館に住まうこととなった。
三姫が嫁いだ後も、一人西の館に住んだ。そんな慣れ親しんだ西の館での暮らしももうすぐ終わりを告げる。窓から東の館の方を見ると先ほどそそくさと帰っていった妃殿下が庭に作らせた池の水を拝しに来ていたようだった。あの池の水は本山の城を囲む堀から通している。堀の水は神宮からひいているので、神宮を近く感じるためにしているらしい。
先ほどの唐突の質問もそうだが、義姉に対してなれ親しいと思ったことはただの一度もない。しかし、人畜無害の兄とはいえ、他国に嫁いできて4年。こうも自分を変えずにいられることに、尊敬すら覚えている。
私は鬢胡で上手くやれるのかしら
突然、不安になってきたのも事実である。あちらに行ったら最終的にいつも守ってくれていたヨハはいない。頼れるのはサアカとオリガの二人だけだろう。自分の美しさばかり追い求めて、もっと外交などにも力を入れればよかったのだろうか。しかし、歳の近い上二人の兄姉は、そんなことせずに生活していたし、愛らしい姫はそんなことをしないものだという認識があった。
聞くところによれば、上の二人の姉は社交的にも外交的にも尽力していたと聞く。今更な話だが、そうするべきだったのか。大姫のあの威厳と風格をあと10年で自分も身につけることができるのだろうか。自分にも確固たるものがあればよかったとも思った。
降嫁した三姫は、良いとしてどうして王太子はあのように堂々としていられるのか、自分にも兄のようにできればよいが、人の目ばかり気になる末姫は理解に苦しむところであった。
※※※
その頃、東の館では末姫が目撃していた通り、妃殿下が庭で禊をしている。それは、外気に触れたからだと言わんばかりの長い禊であった。
つまり、結城の王族も不浄の者扱いなのだなと、王太子は心の中で思う。
結婚して4年。妻は、夫婦として歩み寄ろうという気持ちはないようだった。王太子が話しかければ応答はしてくれる。それは、他の者よりも考えて返してくれているのが伺えることから、一目置いてくれているのはよくわかった。閨事も全くないわけではない。しかし、祈祷がどうのということが多く、月に数日だけ妃殿下の方から大丈夫とされた日だけとこ入りをすることになっているのだ。
最初は驚いたが、そもそもこの婚姻も驚きの上で成り立っているのでそんなものなのかと今では、妃殿下の様子に驚くことも減っている。
結城の王族では、姫は後々決まる婚約も王子は年端も行かずに決まることが一般的である。現に今の両陛下は幼い頃より婚約者として過ごされ、王后陛下は御妃教育を長いことされていた。しかし、王太子の婚約者はなかなか決まらなかった。
理由はいくつかある。一つ目は玉のような王太子の相手が務まる令嬢が結城の上位貴族の中で見つけることが難しかったからである。もちろん現王も美しい王子であったが、早々に婚約が決まったのは、王后陛下の才覚に文句のつけようがなかったからである。血筋も申し分なく、才色兼備であることが必要である。理由は、結城の王子はどちらかというと決断力というものが容貌の美しさに力を持っていかれてしまって残っていないということが多いのだ。迷ったときに隣で助言をして差し上げられる女性でなければ国母にはなれないのだ。それを考えると、どの令嬢も今一つ決定打にかけており、あちらを立てるとこちらが立たぬ状態になってしまっていたのだった。
二つ目は、王太子本人がこの令嬢ならと強く思う相手を見つけられなかったということだ。誰からも好かれ愛されている王太子は、皆を平等に愛していたので誰か一人を選ぶことができなかった。何度も何度も重臣たちが決めてほしいと願ったが
もしも、私が今日一人を選んだとしたら、残りの令嬢はどうなってしまうのだろう。
他の婚約者を探すといっても、私の婚約者候補であったことは噂されているだろうから王太子妃になり損ねた令嬢という扱いを受けてしまうのも可哀そうだ。私の側妃にすることも歴史的にはあることかもしれないが…。駄目だよ母上のお叱りにあうだろうね。
と、その度に苦笑いするばかりであった。




