麗しき一族~深窓の末姫⑤~
この大陸の中心部に広がる森「神宮の森」それは、どの国からも不可侵とされている。おそらく国二つ分くらいはあるのではないかという大きさの森で、樹海であり神が眠る場所として多宗教から多く守られている。この森を斜めに抜ければ予定に間に合う。
ヨハは、病み上がりの末姫に野営させることを躊躇いそうになったが、この案以外にガルダニアへの入国と出国はできないのだ。
意を決して、末姫に話をする。淡々といつも話すヨハの口調がいつもよりぽつりぽつりと切れがちな話し方に、末姫はよっぽどのことなのだと覚悟をする。末姫にだって「大国への人身御供、絶世の美女」としてこの挨拶回りを失敗するわけにいかない。意を決した末姫は、顔を上げてヨハに微笑んで言った。
「誰も入ることのできない神様の側で野営なんて一生の思い出になるわね。」
こういうときの度胸は、やはり王族というべきか。ヨハは、末姫の表情から決意を理解し、準備を進めた。大勢で神宮に入ることは悪目立ちする。国によっては強めの処罰をされるという。ヨハは半分をこの宿場に残すことにした。帰ってくるときはこちらからになるためだ。待機組の長をサアカとした。サアカは付いていくと最後までごねたが、末姫のためというヨハの言葉を信じ渋々了承した。半分のうち数名を結城への伝達係と神宮への先見として早々に放った。
草木も眠る時間…人目を忍んだ末姫一行は神宮の森へ足を踏み入れた。今までの舗装された道と違い、揺れがひどい。末姫は声が出そうになるのを髪飾りを握りしめ蹲りながら耐えた。オリガは末姫に覆いかぶさるようにして抱きしめた。いくら精鋭の武人が守っていようと人数が半分以上減ったこの一行がならず者に襲われたらひとたまりもない。サアカの分も命に代えても守らねばという思いで末姫を抱きしめた。
夕暮れ時になる前に、先見に出ていた者から開けた場所に通された。小川も近くにあり、誰も踏み入れていないはずの場所なのに確かに広がった原があった。ここで一泊する。末姫の御車を囲むように衛兵は休憩に入る。馬車の末姫は少し酔ったようでふらついていたが、外の空気を吸うと安心したようにヨハに少し散策したいと言い出した。
小川のせせらぎが更に心を落ち着かせてくれて、顔色もよくなった。この旅を終えたらヨハは傍仕えを退くことになっている。末姫は、最後の思い出にとオリガを野営に残し二人で歩いた。
末姫は思っていたのだ。どんな大国に嫁ぐことも王族に生まれた以上仕方がない。夫婦として仲睦まじい関係になれなくても民の心がこちらを向いていればどんな王妃でも演じて見せると。でも、それでも誰かが本当に自分を愛してくれていたという証が欲しかった。
「この旅が終わったら、本当に私は、ヨハから離れられるのかしら」
離れることなどできるわけがないでしょうという思いを込めて上目遣いでヨハを見つめる。当代一と言われる美貌で真剣なまなざしで見つめられ、一瞬ぐらっとしたかもしれないヨハは、少し考えた後、末姫の御髪に触れる。
「私たちが共に過ごした時間に偽りはなく、殿下を主としたこと私の誇りです。たとえ離れていても心は共にあります。」
横髪から末姫の頬に降りてきたヨハの手に末姫は触れる。自分から離れる人がいることを到底受け入れられないが、ヨハがくれた言葉は真実なのだろうと末姫は静かに涙を流した。ただただ、静かに頬を伝う涙をヨハが拭った。その時間は一瞬にも何時間にも感じた。
「他の者が心配します。戻りましょう。」
そういうと野営に戻ることを促される。ムードもへったくれもないものだと呆れ気味にため息をついて、末姫は笑顔に戻る。ヨハの手を取ろうとしたとき、小川の向こうの茂みが動いた気がした。この森にすむ獣だろうか。きっと神の側にいる神獣に違いない。そう思いながらヨハに手を引かれて歩くのだった。
不思議なことに、翌日から樹海のはずなのに途中から最初ほどの揺れを感じなかった。木漏れ日の中馬車の窓から森を眺める余裕が生まれた末姫は、ふと人影のようなものが見えた気がした。
「あれは何かしら」
指さす方向を、オリガが見つめる。オリガも入ったことのない神宮を通っているので何かは分からなかったが
「何かの像のように見えますね。遠くて定かではないですが。きっと神像があるのではないでしょうか。」
神の眠る森という名前なのだからと何の気なくオリガは答え、なるほどといった顔で末姫は納得する。
野営を数日過ごし、神宮を斜めに突っ切ることに成功した末姫一行は無事にガルダニアに入国することができた。数日の狂いはあるもののこれで、無事にガルダニアの王族に謁見することができると、末姫は安堵するのであった。




