城をつなぐ国~鬼の曹長⑤~
後任育成の期間も終わり、本山に勤める最終日、仲姫と過ごした東の館の庭園へ赴いた。北の館に住む王妃に不快感を与えないよういつも気にして、東の館の南側に位置するこの場所で練習をしていた。仲姫が華の印を使用されているためなのかこの庭園には色とりどりの季節に合わせた花々がいつも咲いていた。
この庭に来ることももうないのか
自分には不釣り合いな場所での練習に別れを告げるようにヒロマサは一令をして庭園を出ようとしたとき、
まってください、お師匠
遠くから声が聞こえた。間違いなく愛弟子の声であることは分かったが、今振り返ったら柄にもなく泣いてしまいそうであった。
側まで来て自室から走ってきたのか、息を切らせているのか息遣いだけ聴こえてくる。
師匠、今までありがとうございました。師匠との日々は私の大切な宝物です。
息が少し整ってか細い声で仲姫がヒロマサの背中に向かって言う。目頭が熱くなったヒロマサは少し上を向いてから、笑って振り返った。
走ったくらいで息が上がるなんてまだまだですよ、ひめさん。これからも鍛錬してくださいね。
不敬と知りつつ随分背が伸びた姫の頭をポンポンと撫でて、すぐに踵を返し大きく手を振って去っていった。
父を…父を助けてくれてありがとうございました
ヒロマサの背中には仲姫の感謝の言葉がずっと捧げられていた。
*****
喫茶「古都」で、元師匠と元弟子が二人テーブルを挟んで座っている。あの頃は、アヤ坊などと平気で読んでいたが、噂じゃ騎士団の副団長になったと聞く。自分が現役だったとして足元にも及ばないスーパーエリートと同席していることにヒロマサは変な気分だった。
退役して15年、もちろん仲姫にもこの小公爵にも会うことなどなかった。この喫茶「古都」で噂されることに耳を傾け、息災であることを知ったり、悲惨な事件を知ったりしていた一市民なのだ。
「…曹長殿とまさかここでお会いできるなんて。あ…最後は少尉殿でしたよねじゃあ少尉殿と呼んだほうがいいですかね。」
そういいながらコーヒーを啜る元弟子は、品がよく完全に貴族であることがダダ洩れであるが、自分が本山に勤めていたことなどを詮索されたくないヒロマサは、なんとも言い難い顔をした。
「ここじゃ、その呼び名で呼ぶやつなんで誰もいないよ。お前もだ。ここじゃ自分の肩書言われて騒がれても困るだろう。」
今度はそう言ってヒロマサがコーヒーを啜る。
「俺はここじゃヒロ爺ってみんなに呼ばれてる。それでいい。それが嫌なら…まあ、昔みたいに師匠って呼びゃあいい。」
元弟子は、確かに自分が噂の小公爵であることがここでばれると、ここでも騒ぎになるし、ここの女将から竜見の女将に知れて、ゆくゆくはおセン様に迷惑がかかるということかと、アズマに帰ってきたことで緩んでいた考えにはっとする。
「じゃあ…お師匠。お懐かしゅうございます。私のことは、アヤとお呼びください。」
そういって笑った顔は、あどけないアヤ坊のままだった。
「なんだよそれ、アヤ坊から坊とっただけじゃねえか」
はははっとヒロマサは笑った。上客から更に注文をもらえないか、うずうずしていた女将のヤヨイがひょこっと顔を出す。
「小さい頃面倒を見ていたアヤっていうんだ。ここのケーキはうまいから食べてけよ。」
ヤヨイの魂胆に気が付いたヒロマサは紹介した後、ケーキの注文を促した。彪比古は、改めてヤヨイに会釈した。その品の良さに、ヤヨイは倒れそうになるが腹の子大事でなんとか踏ん張った。彪比古はここ数日の偶然の再会が続くことに昔の自分を取り戻したかのような心が軽やかな気持ちになりながら、「古都」自慢のケーキを食べるのだった。




