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城をつなぐ国~鬼の曹長①~

 喫茶古都の客ヒロ爺は、先代からの古参の客である。歳は…古希を超えたのかというころだろうか。鼻下の髭がいつもきれいに整えられており、コーヒーを飲んだ後は、口元よりも髭を大切にしているように拭いている。顔には右頬には痣のようなものがあるのも特徴的である。普段は気にならないが、低気圧が近づいたり寒くなったりしてくると、右足を引き摺るようにしていることもあった。

 彼が古都に通い始めたのはまだ若かりし頃、先代のマスターが先々代のマスターから店を譲られたころのことである。仕事の帰りにここで、コーヒーを飲むのが一番の楽しみだった。見てくれからは毎晩晩酌をしていると思われがちだが、存外下戸でとても頑張ったとき、自分へのご褒美は古都の本日のケーキをコーヒーと一緒に食べることだった。彼の仕事は兵士であった。通い始めたころは第二警備隊の伍長であった。鬼のヒロマサと言えば、アズマと本山で知らない兵士はいないほど有名で、部下に対して厳しく、それよりも自分に厳しい人だった。ヒロマサの名を聞けば、アズマの輩連中は震え上がると言われるほどであった。そして、結城では両手剣を使用することが多い中、どんな得物でも使いこなす兵士になるべくしてなった人であった。

 元は、貧しい村の民だったが、母親が体格の良さを生かすため、そして自分を守るために隣の大きな町の道場に通わせてくれ、見事才能が開花した。兵士には、能力試験の合格と身元保証があればなれる。十七歳の最年少で見事能力試験に合格したヒロマサは、領主様からの保証を受けて入団した。第二警備隊に配属になったヒロマサは、何年も受からずくすぶっていたような先輩からいい顔をされず、しごきにあった。しかし、元来持ち合わせた気骨で自分を磨き上げ、弱い奴らに文句が言われないようなほど強くなったのだ。

 40歳を過ぎたころ、アズマの警備をしているときに明らかな不審者を発見し、取り押さえた。その男は、貴族に対して反感を持ち本山から出てくる誰か貴族を傷つけてやろうとしていたことが明らかになった。しかも、その直後に通られていたのは先々代の国王陛下で、ヒロマサの実直さにほれ込んだ国王は、警備隊から近衛へと配置換えを決め、夢の本山勤務となったのだ。

 普通なら喜ぶところだろうが、ヒロマサはあまりうれしくなかった。貴族の子息が多い中、ベテラン極まりない町民が近衛兵などになったらどう扱っていいかわからないという顔をされることは間違いなかったからだ。どういうつもりか、国王はヒロマサを伍長から曹長へと昇格もさせた。余計に浮いた存在になってしまったのである。

 近衛での仕事はするが、稽古はアズマの警備隊に行って自主訓練を行った。そして古都に寄る。コーヒーを飲みながら本山を眺めるのが日課だった。まさか自分があちら側の人間になる日が来るとは思ってもいなかった。本山に貴族上がりじゃない自分が勤めることについても考えてもいなかったし、自慢できることなのだろうがこうやって、アズマ側からコーヒーを飲むくらいが自分にはちょうどいいのにと思っていた。だから、「古都」の人たちもヒロマサを警備隊の人間だと思っていたし、そもそもそこまで身元について話をする人間ではなかったので、ヒロマサの周りの人の中でも本山入りは知る人は限られていた。


 そんな愚直なヒロマサが大事にしているものが3つある。

一つは「古都」で過ごす時間である。どんな過酷な現場でもアズマに帰ってコーヒーを飲むこと、頑張ったからケーキをつけようなどと考えることで乗り切ってきた。もともと甘党だったヒロマサが初めてここのコーヒーを飲んだ時、今まで苦いだけだと思っていたコーヒーの概念が変わり、口に含んだ時の多幸感と言ったらなんの。しかもケーキとまたよく合う。マスターの作る濃厚なチーズケーキも、フワフワのスポンジに固めの生クリームがのったシフォンケーキも、季節の果物がのったタルトも、言ったらきりがないほど旨いのだ。マスターに止められても無理に数杯お代わりをし、夜寝られなくなった時もある。現在、マスターは息子に代替わりしたが、最初こそ味が不安定な気もしたが、今では安心して口にできる。「古都」の味だ。稽古でボロボロになった日も怪我をした時もここでお茶をすることで殺伐とした心が浄化される気がした。だから、現役を引退した今もこれだけを楽しみにしているのだ。


二つ目は、家族である。武道バカのようだが、家族のことの大切だった。妻とは武勲を上げ、彼が伍長になった頃、上官の勧めで出会った。大柄な自分が見るからなのか、とても小柄に見え、殺伐とした世界で生きるヒロマサは野菊のような笑顔に会うたび癒された。ヒロマサの言葉にはあまりできないところも、甘党なところも妻はいつも受け入れてくれた。名前をハルといい、その温かさは本当に春の陽だまりのようであった。容姿は人それぞれ好みがあるのだろうが、純朴そうな顔立ちもヒロマサには愛くるしいと思えるところで、笑うとできるえくぼがまた、ヒロマサに愛らしいと思わせる一つであった。

春と結婚をし、一男一女をもうけた。時々夫婦二人で「古都」に来ることもある。本山入りもさすがにハルには伝えた。かなり驚いていたが、周りに得意げに話す様子もなく、ただただヒロマサが慣れないところで苦労をしていることを心配していた。

ヒロマサの息子タカマサは、二人の長子として生まれた。ヒロマサは小さい頃よりタカマサに武芸を叩き込もうとしたが、ハルの血筋なのかヒロマサのような才能はかけらほどもなかった。それでも武芸でのコミュニケーションしかわからないヒロマサは、タカマサを道場に連れていく。しかし父がかまってくれるからと頑張っていた幼少期が終わると、あきらかに嫌そうな顔をした。腹が痛いと仮病をつかうときもあった。練習をやめたいのだということは人の機微を理解したことなどほとんどなかったヒロマサにも理解できるところであった。ある日、二人で「古都」を訪れ、ケーキを食べた。ハル以外には甘党であることを内緒にしていた威厳のある父親が嬉しそうにケーキをほおばっている。妹には内緒だとそういいながら、なんと二つ目のケーキを注文している。タカマサは目を丸くしていた。ヒロマサなりに、自分の内緒を教えてくれているのだと


タカは、ここのケーキ好きか?


甘いものを食べながら話をする父の姿を見て、タカマサも内緒をいうことにした。

ぼく、お父さんみたいにはなれないけれど、お父さんたちの役に立つ人になりたい


そういうとうつむいて泣き出した。拳で語り合うこともできたかもしれないが、仕事以外でそういったことを、ましてや家族に向けることをヒロマサはしない。ヒロマサは、タカマサがもちろん跡を継いでくれることが一番理想だったが、やりたいことを見つけられたならそれでいいと息子の頭を撫でた。


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