城をつなぐ国~邂逅の日③~
翌日、雨がやっと上がったが、まだまだ危険があると復旧作業は始まらないようだった。この様子では、視察団に合流は難しいだろうと仕事に戻ることを諦めた。だとしたら、国境の方面を見て回ったり、時間を有意義に使おうと思っていた。朝食を食べに食堂に行く。もうすっかり定位置となったカウンターに座ると女将が挨拶しながらコーヒーを出してくれる。このコーヒーは食事のたびに飲んでいるが公爵家で飲んでいる物よりなんだか喉に合う気がする。女将はいい男が何日も泊まってくれて嬉しいと言ってくれた。媚びるような社交界の令嬢の言い方とは違う、客に対するリップサービスであろう。はからずも立派な軍人さんが、こんな小さな宿屋に泊まっている。高圧的な態度を取らない紳士的な男だし、上客なのだから女将としては容姿うんぬんよりありがたいお客様なのである。
まだまだ、路はぬかるんでいるが村の中を少し散策してみる。自警団が川の氾濫予防のために置いたかさ上げ用の土嚢は見事に役割を果たしているようだった。また、川の曲がりには遊水地が設けられていた。そのおかげか、田畑への被害はほとんど見られない。あの若い団長にそれだけの統率力があるのか。本山には異国のはほとんどいないため、彼をスカウトしても本山で受け入れられるかは分からないし、彼がいなくなったらここの自警団がどうなるかとも思う。しかし、こんな片田舎に置いておくにはもったいないなと感じていた。昼過ぎに、チユに乗って村を出て少し見回ったが、他の村はこの大雨で被害が大きいようだった。本山に帰ったら急いで支援を要請しなければいけないなと考えていた。いっそ竜見の城に訴えに行くか…先日追い返されはしたものの、仲姫の古参の女官が少数ではあるものの勤めている。竜見からの要請であれば自分よりも掛け合ってもらえるか、それとも仲姫は民のことなど考える余裕はまだないほど、心の病にかかられているのだろうか。どうしたものかと思いながら夕刻になり村に戻る。やはり、自警団のおかげか大雨の後とは思えないほど水の引きが早い気がする。他の村では復旧作業に追われているのに、日常がもどっているようであった。
少し早いと思いつつ、食堂に向かう。すっかり女将の料理のファンになっている彪比古は空かせた腹をさすりながら食堂に入った。さすがに商い中なのかマサはまだいなかったが、常連らしい客と彪比古同様に足止めを余儀なくされた商人や旅人が数人いた。空きっ腹にコーヒーを飲みながら食事を待っていると、女将の息子らしき男の子が「ただいま」と元気よく帰ってきた。数日いたのに初めて見たのは、ちびっこ自衛団として、土嚢づくりなど、自衛団の見習いとして活動していたかららしい。年端もいかないくらいの年齢だろうか。あどけなさもあり。頬は下膨れで愛らしい。
少年は。名前をカズというようで、女将が可愛くて仕方がないようにカズ、カズと呼ぶ。女将は彪比古よりも少し年上くらいだろうか。一般的に考えると、自分にもカズくらいの子どもがいてもおかしくないのかと現実味のない想像をする。自分に子供…。今のところその予定は全くない。でも、このカズという少年を見ているとさほど子供好きというわけでもない彪比古だが、愛らしいなと感じてしまう。カズ少年と目が合うと屈託のない笑顔で話しかけてくる。
「お兄さん、兵隊さんなの?すごいな~それ勲章なの?」
既に、兵士であることはバレてしまっているので、軍服を持ってきてた。いつもなら公爵として勲章が胸いっぱいについているが、視察団にいるときは武功を上げたときも勲章だけにするようにしているため、その勲章を指さして触りたそうにしているのを、女将にだめっと止められて少し膨れた後、話を変えて
「見て見て、今日帰ってきたテストはね、こんなに良い点数だったんだよ。」
得意げにカズは女将に見せる。すごいすごいと喜ぶ女将。こんなに小さいのにどこかの都市まで通っているのだろうか。村の子どもは家の家業を習って終わりくらいが関の山だと思っていたのに、意外や意外この女将は教育熱心な親だったのだと彪比古は思った。
「帰り道に、ちぃちゃんと蛙つかまえてちいちゃんの家に置いてきた。」
食べ物を扱っているこの家では蛙なんて置いておけないだろうし、それもそうかと会話には参加しないものの二人の話が耳に入ってくる。
「あら、いやだ。ちぃちゃんのお母さん蛙嫌いなのよ。こないだも…」
二人の話を聞いていて彪比古の脳裏に疑問がよぎる。ちぃちゃんと呼ばれる子は家族で知り合いということはきっとこの村の住人だろう。こんな片田舎から学び舎にこんな幼い子が二人も通うのか。この辺の大きな街は山の向こう側で今は通行できない。ちらっと見えたカズの答案用紙は、算術の式が書いてあった。こんな幼い子がこんなに勉強している。家庭教師のいる貴族並ではないだろうか。むしろ、怠惰な帰属過程ではこんなに幼いうちからここまでを求めないかもしれない。気になった彪比古は、カズに話しかけてみる。
「ずいぶんと難しい勉強をしているんだね。」
すると、勲章持ちの兵士さんから褒められて目を輝かせながらカズは言う。
「先生がね、とっても優しくて分かりやすく教えてくれるから寺子屋大好きなんだ!」
寺子屋?学び舎ではなく寺子屋。聞いたことがある。公立の学習所として開かれている学び舎とは異なり、寺の僧侶たちが寺で手習いを教えることから始まった学問所。地域の知恵袋であるご隠居たちが教えることもあるようだと聞く。この村に寺子屋があるのであれば、幼いうちから学べるのは納得だ。こんな博学な老人が隠居でもするために田舎にひっこんだのだろうか。
「ずいぶんと物知りなおじいさん?がいるんですね」
彪比古は、笑顔でそういうと、不思議そうな顔をしてカズは首を横に振る。
「え~先生は、女の人だよ。すっごいきれいな女の人。」
得意げに言うカズに。笑いながら頷いて女将が付け足す。
「お客さんてアズマの人だろ?でもさ、アズマにだってあんな美人そうはいないよね。きっと、お客さんだって見たことないくらいの美人だからね、」
女将もカズ同様に、我が村の誇る美人先生を鼻高々に自慢する。そんな美人の女性がこんなところで寺子屋の先生…。そう思いながら答案用紙の片隅を見て彪比古は驚いて椅子から転げ落ちた。片隅にはカズに対しての賛辞と間違えたところへの注意が書かれていた。驚いた理由、それは彪比古が今までで一番見たことのある筆跡だったからだ。




