城をつなぐ国~邂逅の日②~
一晩空けた。まだまだ雨が降っている。これでは山を越えるどころか、土砂崩れが起きてしまう。今日はゆっくり宿屋で過ごさせてもらおうと彪比古は思った。視察団にいる第一騎兵隊の部下たちには、遅くなるようなら次の視察先には自分を置いていくように言ってある。あと半月近くある視察工程を自分のせいで遅らせるにはいかない。スケジュールは頭に入っている。チユに頑張ってもらいどこかで合流できればいいだけの話だ。幸い自分には王の密偵の噂があることを知っている彪比古は、どこかの偵察に行っていたと思われるためにも丁度いい遅れになるのではないかと思っていた。それに、久々にシャワーに入ってベッドに寝て…。打ち付けられる雨音はうるさかったが、久しぶりに一人で熟睡できた。比較的視察団では野営でも施設でもよく寝られる彪比古だが、周りに人がいる状況では、熟睡とまではいかない。全員が小公爵の味方とは限らないからだ。そして公爵邸では「妻」がいつか寝所にくるのではないかと、神経をとがらせている所がある。結婚した当初は、何度かそういうことがあった。彪比古は、三姫を大事にしたいからと幼さの残る妻に対して断り続け今に至る。結婚して三年。妻ももう二十歳を迎える。もう子ども扱いというわけには行かなくなってくる。だからこそ頭が痛い。
王侯貴族が恋愛結婚できるわけがないことは、彪比古だってよくわかっている。血縁関係を作ること、家同士をつなぐこと、これが貴族に生まれた人間の務めであることも理解している。しかし、愛した人の妹のことは、彪比古にはどうしても妹にしか見えない。頑張って愛そうと思った頃もあったが、三姫の言動に愛する人を思い出してしまうのだ。
長年共に過ごした仲姫には賜名はもらえなかったが、仲姫の周りの近しい臣下たちととともに彼女を「姫殿下」と呼んでいた。姫として麗しく、この国を背負って立てるほどの能力のある存在として、「姫様」ではなく、「姫殿下」と敬意を払っていたのだ。仲姫は理由を聞いて。照れて笑っていたが彼女にふさわしい呼称だと思っている。彪比古にとって姫殿下は仲姫ただ一人なのである。
白い結婚であることは、当事者の二人しか知らないことである。両親には申し訳なくて伝えていない。王族出身の母は、三姫のことを娘のように可愛がっている。まだまだ若く麗しいのに、早く孫が見たいと三姫には負担になるから言わずに息子に遠回しに伝えてくる。そんな母が真実を知ったら倒れてしまうだろう。彪比古と仲姫の睦ましい関係は、兄妹のように思っており、仲姫の一連の事件のことで彪比古が心痛を抱えていたことも知っていた。もしかしたら、忠臣の息子は仲姫に申し訳ないと独身を貫く気なのではないかと内心心配していた。だから、三年前三姫が降嫁すると聞いて大層喜んだのだ。まさか、脅しに近い国王からの打診で決まった結婚とも、白い結婚とも思っていないのだ。
もう一生雨が止まなきゃいいのに
そんなありもしないことを部屋の窓から雨を眺めながら思っていた。とにかく朝食を取ろうと、指定された朝食時間ギリギリなことに気が付き急いで食堂へ向かった。食堂に着くと昨日ずっと絡んできたマサが、手を振ってくる。この男は三食この食堂で食べるらしい。挨拶程度に彪比古は軽く手を挙げて、昨日と同じカウンターの席に着いた。大机に座っていたマサは、またそこなのかよという顔で、当たり前のように寄ってくる。
「アヤさん、この雨で出立しないのはさすがだねぇ」
昨夜、あまりにしつこく名前を聞かれたので、彪比古という名を名乗ると素性がばれてしまうと思い、アヤとだけ伝えてあった。漢字での名前はこの国では貴族にだけ許された名前であるから、アヤだけ伝えればそれで良いと思ったのである。
「さすがと言われてもね、愛馬が可哀そうでこれじゃ出立できないよ。」
と、彪比古は苦笑いしながら返答した。うんうん頷きながらマサは話始めた。
「この先の峠で土砂が崩れたみたいなんだ。雨が止んでから作業することになるから復旧にはしばらくかかると思うよ。」
やっばりかと思う反面、先ほどずっとここにいたいなどと願ったりしたせいかと後ろめたくも感じた。しばらくマサは他愛ない話をした後、自警団の仲間がやってくるとそちらに戻っていった。昨日は見なかった男が目についた。端正な顔立ちの栗毛の長髪を束ねている長身の男だ。歳は、マサと同じくらいだろうか。大机を囲むようにおそらくこの村の地図を指さしながらその男が指示を出しているように見えた。「団長」と呼ばれていることに彪比古は驚いた。もっと、年輩の男が団長であると思っていたからだ。しかも…。彼はおそらく結城の人間ではない。国境が近いからよくあることなのか、彼が異国民族の風貌なことを気にしているのは、この食堂の中で彪比古だけである。じっと見つめてしまっていた視線が、その団長と合う。切れ長で美しい顔の男は少し会釈をするようにしてまた、話をし始めていた。貴族主義の輩に嫌気がさすと思っていたし、異国の民族に対し差別意識なんてないと思っていたのに、いざ普通に過ごし、しかもリーダーとして地位をもっていることに驚くなんて、自分の了見の狭さに恥ずかしさが押し寄せていた。




