城をつなぐ国~邂逅の日①~
竜見の城下には、いくつかの村がある。その中で一番西側に位置する村へ彪比古は赴いた。雨のせいとはいえ、せっかく来たのだから国境付近の様子の様子や、「神宮の森」の様子も見ておきたかったからだ。寝宮の森は、この大陸のど真ん中にある森で、どの国々も、どの宗教も、神聖視しており、いかなる場合もこの森を侵略対象としてはいけないし、この森に入ることも禁忌とされている。しかし、それを本当に他国が守っているか、ましてや仲姫がいるこの竜見に何かあってはならない。
彪比古が村に着くと、雨は本降りとなり小さな宿屋に部屋を取り、チユを休ませると待っていたかのように、かなりの大雨となった。今日山を越えずに良かったと手狭だが小奇麗な部屋で雨でびしょびしょの外套を脱ぎ、一階へ降りた。この宿屋は一階が食堂になっており、そこで宿泊客は食事をとることになっているとチェックインで宿屋の主人と思われる男に言われた。
食堂に降りてくると、思ったより広く部屋同様小奇麗にされていた。雨に濡れた男たちが、宿側とは反対側の入り口から入ってくる。なるほど、ここは宿泊客だけでなく食事処として利用する客もいるのかと、この規模の宿屋のわりには行き届いていることに納得する。この村の者がかなり馴染みでいるようだ。塗れた外套と臨時で多く用意されている外套掛けにかけると、女将と思われる女性がタオルを渡して、労っていた。男は地元の自警団員らしい。この辺には、国境警備隊はいるが警察や消防が置かれていないため、住んでいる人々が、この村を守るしかないのだ。雨が強くなる前にほとんど見回り、川の反乱防止の策も講じてきたと言うと、次々と雨でびしょ濡れの男たちが入ってくる。これだけの男たちが自警団として、こんな小さな村を守っていることに彪比古は驚いた。さぞかし団長は、有能な男なのだろう。彪比古は、公爵家の人間として、所領の管理を学ぶ上でいろいろな対策について学んでいる。王侯貴族は家庭教師からほとんど学び、本山の麓のアズマには、貴賤を問わず開かれた学び舎があることはある。結城の国の中の有力な街に置かれた学び舎はいくつかあるが、こんな結城の外れの村にはあるはずがないので、こういった対策について、この村の者がどこかの街で学んで帰ってきたか、学んだ者が越してきたか、L字型の食堂が見渡せるカウンターに座り、彪比古は自警団の連中を観察しながら食事をした。こんな集まりなのに、男たちは酒を飲んでいない。有事に対応するためのようだ。感心しながら口に肉をほおばる。食べ物も村の物を使ってるのか公爵家で食べる食事とは全く違うものだが、美味しかった。食べた肉は、生臭くなくきちんと処理がされていた。
ずいぶん当たりの宿屋に泊ったようだ
驚いた顔をした彪比古を、女将と思われる女性が旨いだろと厨房側から笑顔で見る。自警団によそ見をしながら食べていたため、まじまじと見られていたことにむせそうになる。慌てて水を飲み干すと、女将は水を継ぎだしてくれる。そんな様子を見て、自警団の一人が彪比古の側にやって来た。
「女将!いい男だからって構いすぎなんじゃない?」
女将はバレたかと言わんばかりに舌をペッと出して、また厨房の奥に戻り忙しくしてる。今、言い放った男は女将が戻ったのに、彪比古の側を離れないどころか、隣に座ってきた。今度は、彪比古がマジマジと観察される。男の歳は彪比古よりも少し下…我が家の弟や姫御寮人様…と同じくらいだろうか。「妻」とはなんとなく認めたくない彪比古はそんなことを思っていた。精悍な顔つきだが男の頬にはそばかすがあり、まだまだあどけなさが残っているようにも見えた。
「兄さん、どこかの軍人さんかい?」
言われて彪比古は驚いた。チェックインするときは外套を着ていたし、勲章の付いた軍服は部屋に置いてきており、長い視察団でくたびれたズボンとシャツという恰好をしている。国境警備隊の制服とは色が違うので、いくら良くできた自警団の人間でもそう思うことはないと思っていたのだ。返答に困ったが、隠すことでもないと思い、彪比古は頷いた。 返答に、男は初めて見たと喜んだ。男の名前はマサさと言うらしく、話してみるとずいぶんと人懐こい男らしい。どうしてこんなところにいるのか、どんな仕事をしているのかなど質問攻めにあった。視察団…というと他の人間がどこにいるのかなど説明するのが厄介だと思い、竜見城に火急の用があって来た帰りだと伝えた。ふぅんと言いながらその男は未だ席を離れない。マサは、村の万屋を営んでいるそうで、日用品などの品ぞろえはアズマ顔負けだと得意そうに言った。明朗なこのマサを見ながら、自分の弟を想う。柾比古という名前の弟は、いつも何か不満そうな顔をして、彪比古に突っかかってくる。同じマサならこういう弟ならよかったのになどと、心の中で彪比古は思い、くすりと笑った。




