二
「お話を聞きましょう」
トリートの言葉に、フルールは一度だけ瞳を閉じ僅かに頷いた。
エリスを宿していた十年。エリスとフルールは知識と記憶を共有していた。そして、分かった。魔女のことも、使徒と従僕の存在も――鍵のことも。
「……はい」
何から話していいかを迷い、フルールは一拍の間を置いてから静かに口を開いた。
「戦女神アテネは、神祖の魔女を倒せていませんでした――」
周囲の空気に動揺と緊張が走る中、フルールは話を続けた。
――魔女の娘の目的は、魔法少女を倒すことではなかった。魔法少女の中にいる鍵を探すため、魔女の使徒と従僕を差し向けていた。母を――神祖の魔女、ニュクスを助ける為に。
遠い昔、神話の時代。アテネとニュクスは世の覇権をかけて戦った。七度月が満ちる間戦いは続き、アテネはニュクスを倒した――と、人の神話では伝えられていたが、アテネはニュクスを倒せていなかった。いや、逆に負けていたのだ。
だが、アテネはニュクスの隙をつき、最後の力で封印することに成功する。自らの内に宿し、永遠に時を止める魔法――フルールと同じ魔法を施し、誰にも見つからないように時の狭間に落ちて。
魔女の娘たちは母を捜すため時の狭間に入り、アテネの伝言により世を託された七人の聖女は世界に残った。それによって戦いは終結し、世界は人の手に渡ることとなる。しかし、終結したと思っていた戦いは魔女の使徒の出現によって再び始まることになった。時の狭間をいくら探しても母を見つけることができなかった魔女の娘は、一つの鍵に気付いたのだ。神祖の魔女ニュクスと魔女の娘は繋がっていないが、戦女神アテネと魔法少女は知識と力を共有している。魔法少女がより力を引き出すことができれば、アテネの場所も――アテネとともに封印されている母ニュクスの場所も分かるかもしれない。そう考えた。
そうして、魔女の娘の戦いは始まった。『魔法少女を強くするための戦いが』。
魔女の娘の目的は魔法少女を倒すことでも、人に害を与えることでもなかったのだ。だからこそ、どんなに大きな戦いが起こっても、魔法少女や人が死ぬことはなかった。魔法少女は母を見つけるための鍵であり、人は従僕を現出させるための贄。そして、鍵を見極めるために魔女の使徒は『強いといわれていた魔法少女の前にしか現れなかった』。
長い間戦いは続き、そして――鍵は、鍵の候補は見つけられた。漆黒の聖女、フルール・ヘスティアを。
「――それで、フルールは戦女神アテネの居場所は分かっているのですか?」
一通りの話を聞き終え、トリートは慎重に問いかけた。緊張するのも無理はない、今後の魔法少女を左右する重大な問題だった。
「いえ」
フルールは迷いなくすぐに首を振った。事実、ニュクスを封印したアテネの魔法を自分は使うことができたが、それ以上は分からなかった。とはいっても、自分自身の意思とは関係なく今後神託を受けることもあるかもしれないのだが……
「そうですか」
安心したように……落胆したようにトリートは椅子の背に身体を預け息をついた。フルールとセレス以外の四人も同じような表情をしている。喜ぶべきか悲しむべきか分からなかったのだ。
「ですが」
トリートは一拍の間を置いて、再び口を開いた。事実に関する戸惑いがなくなったわけではないが、その前に注意しなければならない大事なことがある。
「魔女の使徒が、貴女を、フルールを狙ってくることは確かですね」
「はい」
トリートの言葉に、フルールは迷いなく答えた――本当なら、もう一人いる。だが、今は話さないようにして。
「エリスを助けるように現れたもう一人の魔女の使徒も気になります……しかも、相手はフルールが魔女の知識を得たことも知っているでしょう。すぐに行動を起こすか、それとも、準備を整えるか」
魔女の出方が気になるが、考えたところでしょうがないことでもあった。真実と知識を得たとしても、どう動くかまで分かるわけではない。トリートもその虚しさを意識して、もう一度心で息をついた。とはいえ、フルールを狙ってくるということは確かなことだった。そして、そのための決断を自分はしなければならない、戦女神の聖女として。
「今の話は伏せることにしましょう。魔法少女たちや人々に不安を与えてしまうことはよくありません。最終的な警戒を解くことはありませんが、厳戒態勢は徐々に解除していくつもりです」
解除をする話は国の指導者を含めた評議会で決定したことでもあった。フルールも参加していたためすでに知っている。
しかし、ここから先の話はトリート以外の聖女は初めて聞く話だった。
「アルカンシエルへはもう一人……真紅の聖女、ファイスに就いてもらいます。フルール、セレスはそのままアルカンシエルにいてください。申し訳ないのですが……」
「いいえ、大丈夫です。ありがとう」
トリートが謝った意味を理解し、フルールは思わず笑ってお礼をいった。本来なら聖都パラス・アテネにいるほうが安全なのだろうが、聖都を危険にさらし被害を出すことは避けなければいけない。だとすれば、『エリスの災い』の時から学園に所属していたアルカンシエルに居ることが一番自然だった。
「ファイスもいいですか?」
「ええ、任せて」
トリートの問いかけに、ファイスは迷わず答えた。『エリスの災い』時代から、フルールとセレスとは何かと関わることが多く親しかった。それを含めてトリートはファイスに頼んだのだろう。そのことに、誰も異存はなかった。
これで全ての話が終わった――誰もがそう思った時だった。
「もう一つ、お話したいことがあります」
フルールの言葉に、視線が集まる。自然と緊張が走る中、フルールは滅多に見せることがない真剣な顔で口を開いた。
「八番目の聖女の称号を申請します」




