一
――目覚めると、
「…………」
そこに母がいた。
「…………」
互いに無言のまま数秒視線を合わせ……そして、シェオルは身体を起こした。
全てが夢だったと勘違いしそうになるが、まだズキズキと痛む身体が現実を教えてくれた。自身を見下ろす。服の下を確認することもなく、全身は包帯だらけだった。
何日間眠っていたか分からない。問いかける意味もない。母のほうが早く回復するのは当然だった。傷つき具合を考えれば、自分のほうがはっきりと致命傷だったのだ。
予定が狂ったことに、シェオルは多少陰鬱になった。まだまだ弱い自分は――
「…………」
互いに無言。視線を合わせないまま。
これは、考えていた中では一番悪い結果だった。倒れ、病室で母と対面することは。
二番目に悪いのは、相打ちになり互いに死ぬこと。
三番目は、母を助け、魔女の使徒と自分が死ぬこと。四番目は……母を殺し、自分が生き残ること。負けることは考えていなかったし、負けるつもりもなかった。魔女の使徒を殺すつもりでいたし、魔女の使徒が母から出て行かなければ母を殺していた。母の願うままに、望むままに――母を助ける為に。
そして、逆に一番良い結果なのは、母を助け魔女を殺し、そのまま自分がどこかに行くことだった。
「…………」
その一番悪い結果の中、シェオルは俯いていた。陰鬱はもうなくなっている……いや、なくなったというより何もなかった。
何もない静かな気持ちと空っぽな心。空虚というのはこういうことかもしれない――などと頭のどこかで浮かぶが、それすらも言葉がでてきただけのことで何の思考も想いもなかった。
涙も、喜びも、後悔も、懺悔もない。十年間、ただ一つ考えていたことを、ただ実行した。それだけだ。
「――――」
――ギュ
何もいわずフルールはシェオルを――娘のリュテを抱きしめた。
なんの言葉もない。言葉は必要なかった。母と娘はいつも繋がっていたのだから。
「――――」
だから、母の想いは伝わる。リュテは抱きしめ返すことはせず、ただ母の抱擁を受け入れた。
――――っ
一粒の涙が落ち――リュテは言葉もなく、ただ泣いた。
涙が流れるとは思っていなかったけれど、感情のままに今はただ泣くことにした。
――――――――――
「――よく、戻って来てくれました」
評議会に居た大人たちが退出した後、トリートは穢れのない白く長い髪から覗く蒼空の瞳を向け、綺麗な顔に微笑を浮かべた。
戦女神の聖女、トリート・アテーナイエー――実をいえばフルールが会うのは初めてだった。それもそのはずで、眠っていた十年の間で後継を受けた少女なのだ。可愛いと思ったのは失礼かもしれなかったが、それほどまだ若い。とはいえ、
(わたしも若いといわれちゃうのかな)
フルールは胸中でくすりと笑った。
時が止まった十年。その意味の通り、フルールの年齢も身体も十年前のままだった。なので、戦女神の聖女であるトリートともそれほど年齢の差はない。だからだろうか、トリートもフルールに向け微笑を向けてくれながらも、多少戸惑っているようにも見える。
今の部屋には七人の人間しかいない。七人の女性――魔法少女の中心である七聖女。フルールとセレスが並んで中央に立ち、その正面にトリートが机を挟んで座っていた。そして、左右には二人の聖女がそれぞれ座っている。左に、翡翠の聖女、蒼靂の聖女。右に、真紅の聖女、黄皇の聖女。トリート以外で初めて会ったのは黄皇の聖女で、他は皆知った顔だった。もちろん十年経っているので大人になってはいるのだが、印象は変わっていない――実際に「変わらないね」と話したら、「貴女がいわないで」と苦笑されたけれど。
天井の窓から射してくる陽の光に、クラシックで温かみのある部屋が照らされている。控えめに飾られた花々は瑞々しく、落ち着きと華やかさを演出していた。萌芽の季節は過ぎ、全てが生き生きと躍動する新緑の訪れを教えてくれているように。会議はあまり好きではなかったが、この部屋は好きだった。
居心地の良さと懐かしさを胸にいっぱい感じつつ、フルールはこちらを見つめてくる視線を意識した。みんなも懐かしさを感じているのかな、とふと思いつつも久しい再会を素直に喜ぶことはできないようだ。それは、聖女だけになったこの部屋の意味を誰もが理解していることを示していた。




