三
「フルールさん、どうして……」
会議室を出てすぐ、セレスは問いかけた。今、廊下にはフルールとセレス、ファイスしかいなかった。
「ごめんね、セレスちゃん。必要だと思ったの、あの子には」
微笑むフルールに、セレスとファイスは顔を見合わせた。「あの子」とは誰のことを言っているのか分かっている。フルールの娘、リュテのことだ。
「貴女がそんな言い方をするってことは、やっぱり、ただ自分の娘に聖女の称号を与えたいってわけだけじゃないみたいね」
フルールの性格は知っている。名誉など気にするような人間ではない。なので、ファイスは続けて問いかけた。
「で、どういうことなの? 会議の時には言わなかったけど、私たちには話してくれるんでしょ?」
「そうですね……変化が必要だと思ったんです。多分、あの子は何か変化を起こすと思うから。新称号は保留になっちゃいましたけど」
ファイスの言葉に微笑を返した後、フルールは僅かに俯いてから言葉を続けた。
「これから話すことは秘密ですよ」
唇に人差し指を当てる仕草を見せるフルール。おどけたような姿だが、その表情には少しの悲しみが混じっていた。
「エリスは、あの子――リュテに向かって『同質』『我らの力』と言っていました。『だから許せない』って」
フルールの言葉にセレスは頷いた。実際にその場にいたセレスはエリスの焦燥を覚えている。初めて見る姿だった。
だが、思い出したと同時に、セレスはすぐに気付いた。フルールの言葉、その言い方は……
「もしかして……リュテちゃんは魔女の力を持っているっていうんですか」
「まさか、魔法少女でそんなことあるはずが……」
ファイスはすぐに否定しようとして、目に入ったフルールの表情に話を止めた。おどけていっている表情ではない。それはどこまでも真剣だった。
「本当なの?」
「多分、そうだと思います」
ファイスの問いに、フルールは静かに頷いた。
「神祖の魔女ニュクスと戦女神アテネは同一になって封印されています。そして、魔法少女の力の源はアテネです。開花することによってアテネの知識と力を共有します。でも、その共有がニュクスになっていたとしたら……」
「そんなことが起こるの?」
ファイスの驚きはもっともだった。信じられるはずがない。いくらアテネとニュクスが同一しているといっても、魔法少女と魔女の力は相反するものなのだ。事実、セレスの話ではフルールの中に宿っていたエリスは魔法少女の力を使うことはなかった。
「可能性はあると思います。あの子は……」
フルールは言葉を止めた。一瞬、迷う。ここから先の言葉をいっていいかを。
……だが、話さなければいけない。それは、自分の罪でもあった。リュテをそう成らせてしまった自分の罪。
「リュテは、魔法少女を憎んでいましたから」
その言葉に、
「…………」
セレスは黙った。それは、セレスも知っていたことだった。母を――フルールを助けることができなかった魔法少女をリュテが憎んでいることを。
「だから……もしかしたら力を使えたのかもしれません。あの子自身が意識しているかどうかは分かりませんが」
「……だから、会議室では話せなかったのね」
フルールの告白に、ファイスは陰鬱とともに息を吐き出した。
「話せるわけないわ。そんなこと」
セレスや自分だったらまだいい。フルールも、リュテのことも知っている。だが、親しくない人間がこの話を知ったとしたら、もしかすれば背信者として魔法少女の敵にされる可能性も否定できなかった。魔法少女に限ってそんなことはないと信じたくとも、動揺は隠せないだろう。そして、動揺は必ず様々な感情を生み出していく。その結果がどうなるか分からない。良い結果にならないことだけは確実だろうが……
「もう一つの鍵候補……」
セレスの呟きに、フルールは頷いた。会議室で話すことはなかったが、自分以外にも魔女の使徒に狙われる人間はもう一人いる。
「もしかしたら……いえ、確実にわたしよりもリュテのほうが狙われると思います。魔女の力が宿る魔法少女。それはまさに、ニュクスを宿したアテネそのものですから」
フルールは足を止め、振り返るセレスとファイスに向かって願うように瞳を見つめた。
「あの子には力があるんです」
まだ消えていない首の傷に指を触れさせる。これは証だった。だが、おそらく自分が思っている証と他の人が思っている証とは違う。
母に刃を向けた狂乱の証ではない。ましてや、殺人の証では尚更ない。
これは、この傷は、絆の証。
(わたしを救おうとした。あの子の強さの証)
他の人は馬鹿げているというだろう。でも、フルールには他の考えなんて関係なかった。
これが、わたしとリュテの――母娘の絆。
(わたしには分かる。ううん、わたしにしか分からない)
だけど、それでいい。だから――
「これが……この傷こそが、あの子の強さの証です。リュテは魔法少女に成らず、魔女の力でわたしを助けてくれました」
フルールは首に触れた指を胸に下ろし、拳をきゅっと握った。
「あの子は変化を起こしてくれます。今までの聖女ではない、新たな聖女として。新たな希望として」
「魔女の力を持った魔法少女。新たな希望、ね」
「分かっています、フルールさん」
フルールの瞳に見つめられ、ファイスは苦笑し、セレスは微笑んだ。
「大変になるわよ、これから」
「分かっています」
確認するファイスに、凛と答えるフルール。そんなフルールにファイスは「しょうがないわね」というようにもう一度苦笑し、意地悪な視線を向けた。
「親馬鹿なんじゃないの?」
「ふふ、親馬鹿ですよ。大好きですから。ファイスさんも親になったら分かります」
「なにを、このっ」
フルールの首に腕を回し、頭をぐしゃぐしゃ撫でてからファイスは笑った。
「それじゃあ、帰りましょうか。アルカンシエルに」
「ええ、帰りましょう」
ファイスの言葉にセレスも頷く。
「うん、帰ろう。大好きな子供たちが待ってるから」
フルールは歩き出した。セレスとファイスに囲まれて。アルカンシエルにはセリッサとリュテが待っている。
不謹慎かもしれないけれど――そう思いつつ、フルールは楽しい毎日になりそう、と心を躍らせ、軽やかに足を進めていった。




