五
「っ――――」
首への鋭い一閃をエリスは大鎌で受け、力任せに振り払った。壇上の下へと弾かれたシェオルは、床に足を滑らせることで勢いを止め、膝を付いてエリスを見上げた。シェオルは一度も倒れることなく、そして、一度も視線を離さなかった。まるで、死を司る使者のように、こちらを逃しはしない。
「……!」
エリスは口を開き、腕を振った。巨大な炎の螺旋がシェオルを包み、一気に弾け吹き飛ぶ。
「リュテちゃんっっ!!」
セリッサとセレスの声が響く中、その声を掻き消すように炎は荒れ狂い、聖堂に熱と火と風を撒き散らした。地と壁は揺れ傷つき、炎の牙は全てを噛み裂いていく。
ゴォォオオッッ――!!!
轟音が空気を振動し、灼炎が全てを染め――やがて、炎の勢いは治まり、火の粉だけが宙を舞った。強大で強力なエリスの術。使徒の魔法は確実な破壊と恐怖をもたらす。
だが、
「――お前は何者だ」
声を押し殺し、エリスは呪詛のような言葉を吐き出した。肉は弾かれ傷つき、制服を切り裂かれた少女――シェオルは膝を付いたままその場にいた。
「わたしは、わたしだよ……」
顔を上げエリスを見つめると、ゆっくりと立ち上がる。
「何故避けない」
魔法を避ける余裕も時間もあったはずだ。だが、シェオルはその魔法の全てを受けていた。意味が分からない。自らに傷をつけようとする意味が。
「これくらいの傷は必要でしょ……母親を殺そうとしてるんだから」
エリスの問いに答え、シェオルは微笑んだ。傷だらけで血まみれになりながらも、それでも当然の酬いと笑った。
その表情に、エリスは――一歩足を退いた。それは無意識のことだった。だが、自身でそのことに気付き、奥歯を噛む。人間に、魔法少女ごときに、自分が『退いた』。
「漆黒の娘……!」
エリスの表情が変わる。それはエリス自身も初めての感情だった。初めての『恐怖』と『怒り』。
「リュテちゃんっ!」
セリッサは走り出した。セレスもエリスから視線を外さないまま走り出す。これ以上は駄目だった。これ以上戦えば本当に――取り返しのつかないことになる。
「天使の城よ!」
セレスの声に、光の螺旋がエリスを包み込んだ。不意打ちの魔法。完璧に構成された結界はエリスを縛り数分の時間を作ってくれるはずだった。少なくともシェオルを助ける余裕と時間は十分にあるはず――しかし、
ダンッ!!
シェオルは地面を蹴り上げた。傷ついているとは思えないほどの動きと速さで瞬時に距離を詰め――セリッサを抱き、セレスの腕を掴み、エリスがいる逆方向へと飛び上がる。
刹那、
――ィィィィンッッ!!
ガラスが握りつぶされたような耳をつんざく金属音が響き渡った。瞬間、無数の闇の刃が破片も残さず肉を切り裂くようにシェオルが元にいた場所へと降り注ぐ。
シェオルに掴まれ倒れるセレスの視線の先で、闇の雨はすでに崩れ散らばっていた聖堂の内装を更に抉り、刃は黒き霧とともに床を溶かし消えた。もし、そのままシェオルの元へ向かっていたとしたら――避けることはできなかった。あの威力であれば、聖女である自分でもどうなっていたか分からない。いや、それより魔法少女にも成っていないセリッサがもし受けていたら――
「……無茶だよ。魔法少女にも成らないで、守ろうとするなんて」
「リュテ……ちゃん」
腕の中にいるセリッサに微笑み、シェオルは立ち上がり、そして、
ギィィィンッッ!!
振り返ると同時に地面を蹴り上げ、向かってきたエリスの鎌を受け止めた。視線がぶつかる。エリスの視線、ルビーのような紅の瞳は、まるで血を求めるように殺意に溢れていた。
力では敵わない――シェオルは鋭さで押した。二閃、三閃と連撃を繋ぎ、開いた間に急所を狙う。
ギィンッ!!
エリスは首に閃く短剣を弾き、柄でシェオルを吹き飛ばす――が、シェオルも弾かれると同時に右足を蹴り上げていた。互いにぶつかり、飛び退る。
ザッと地に降り立ち、シェオルはエリスを見た。エリスは憎悪と殺意に染まっている。それは、セレスも初めて見る表情だった。
「やっと、『対等』になったね」
シェオルの微笑みに、エリスは唸った。
「魔法少女であって魔法少女ではない者……お前は鍵と贄の外だ」
許されざる者への憎しみと――畏怖。二つが混ざった声を放つ。
「必要の無い者は、消す。死と恐怖は、我らとともにある」
押しつぶされそうな闇と空気に、セレスは膝をついたまま立ち上がれなくなる。まさか、と思う。信じられるはずがなかった。




