三
「駄目ですよ」
それはどこまでも静かに、深く……冷たく、シェオルは告げた。
「わたしがします」
シェオルの瞳――それは、あの時、戦う時の視線ではなかった。それよりも、もっと重く、沈んだ瞳。冥府と地獄を纏い、死者そのものを抱く、虚無の気配。
「シェオル、貴女は何を……」
シェオルが持つ空気に触れ、セレスの表情がさっと変わった。一瞬で不安と恐怖が胸に圧し掛かってくる。シェオルの視線は、気配は少女が纏うものではなかった。セレスも初めて感じた気配――殺気。
「力がいるって思った、お母さんを助けるために力が。魔法少女じゃない力が。魔法少女以上の力が。だから、アルカンシエルから飛び出した。魔法少女の近くにいたくなかった。奇跡なんて聞きたくなかったから」
シェオルは振り返り、エリスを見つめた。
「奇跡じゃない。少なくとも奇跡はお母さんを助けなかった。だから、十年で力をつけた。そして、ここへ……アルカンシエルに戻ってきた」
エリスは無言でいた。話を聞いているかどうかも分からない。でも、それでも良かった。
これはただの確認と誓い。自分と、そして、母との。
シェオルはにこりと微笑む。真っ直ぐで純粋で、優しい微笑み。母にだけ伝わればいい。いつも気持ちは繋がっていたから。
だから――
「苦しみをずっと続けさせるわけにはいかない。わたしはお母さんを助ける。助けるために――殺す。娘だから」
その一言に、
「――――」
エリスは初めて僅かに表情を変えた。その表情が果たしてエリスのものだったのか、それとも、フルールのものだったのかは分からない。そして、どういう感情だったのかも分からない。だが、内にあるものが何かを動かした。
エリスが視線を向け、シェオルはそれを受けた。意志は伝わっている。会話は無くとも、それだけで十分だった。
「駄目よ、リュテちゃん! それは駄目!!」
「……だったら、止めますか?」
無意識にシェオルからリュテに変わっていることを気付くことなく叫んだセレスに、シェオルは振り返ることなく冷たく告げた。
「止めるんですか?」
「…………」
二言目の言葉と、向けてきた視線に――セレスは何もいえず、踏み出そうとしていた足も止めてしまった。覚悟もしていたはずだった。もし、封印が解ければ自分がエリスを倒すと考えていた。どんな結果になったとしても。
だが、それはシェオル――リュテが来たことで変わってしまった。守ろうと、必ずフルールを元に戻そうと決めた。方法が分からなくとも。
そして、今。リュテの視線を受けて、セレスは黙ってしまった。認めているわけじゃない、断じて認めていない。子が母を殺そうとするなど。だけど――
(貴女は、それを邪魔できる人間か――)
もう一人の自分の囁きが頭を過ぎった。フルールとリュテの間に入っていいのか。邪魔をしていいのか――何もできなかった自分が。それは、許されるべきことじゃない。
「……リュテちゃん」
数秒の沈黙――その時、後ろから放たれた言葉にセレスは驚いて視線を向けた。
セリッサは真っ直ぐにリュテを見つめていた。祈るように願うように、一言名前を呼ぶことで全てを伝えようとしているように、セリッサはリュテを見つめた。
「…………」
リュテは――シェオルはセリッサの瞳を受け、少しだけ、ほんの少しだけ苦笑した。
「……ごめんね」
小さく囁き、そして、
「っ! リュテちゃん、駄目っっ!!」
セレスの叫びに止まることなく、シェオルはダンッと地を蹴った。
像と水晶の破片に埋まっていた短剣を手に取り、一気にフルール――エリスとの距離を詰める。




