五
「大丈夫だよ、わたしは。だから、任せたよ、セレスちゃん」
「フルールさん……」
握った手をそっと離し、フルールは立ち上がった。夜の風に長い黒髪と漆黒の装束を靡かせエリスへと顔を向ける。
立つだけでも辛いはずなのに、凛と視線を向け、そして――
「フルールさんっ!」
セレスの伸ばした手は届くことなく、フルールは地を蹴り走りだした。
――ザッ!
こちらの動きに気付き、ゆっくりと立ち上がるエリスに向かいフルールは一気に距離を詰め手にした大鎌を振り上げた。
身体が重く、動かすだけで悲鳴を上げている。それでも、痛みに集中を乱されないようにフルールは息を止め内に力を込めた。絶対に失敗するわけにはいかない。気が緩めば自分が倒されてしまう。
刃を振り下ろし残光がエリスを狙うが、闇の一閃が大鎌を受け止めた。その衝撃だけで腕が軋み震えそうになる。しかし、フルールは更に柄を握り締め、一気に大鎌を押し薙ぎ払った。
キィィィンッッ――!!!
闇の刃を弾き落とし、大鎌の閃光がエリスの身体を切り裂く。だが、傷は浅い――と、そこでフルールは気付いた。エリスはわざと自らの刃を下げたのだ。力を使う鍔迫り合いを避け魔法を放つ為に。
エリスの唇が僅かに開き、炎の渦が目の前に現れる。鎌を振り下ろした状態での避けようのないタイミング――
ゴォォォォオオオオッッッ!!!
炎が渦巻き、宙に描いた螺旋がフルールを包み込んだ。姿が全く見えなくなるほどの巨大な炎の輪舞は空気を焦がし夜の闇を照らす。
「フルールさんっっ!!」
魔法の構成を解き、セレスは叫んだ。その瞬間、エレスは表情を変え炎から距離を置こうと翼を翻す。
しかし、
「――っ」
炎から振り下ろされた大鎌の刃が背中に回りエリスの動きは止められた。そして、
「天使の羽よ!」
輝く羽が舞い上がり炎を弾け散られ、フルールはそのままエリスの後ろへと回っている大鎌を薙ぎ払った。エリスは漆黒の羽を散らし地に倒れ、刃を振り抜いたフルールもまたその場で倒れこむ。
(……無茶……しすぎたかな)
自分でそう思う。炎を受けながら魔法を放ち、斬撃を繰り出した。閃光と漆黒の羽が舞い落ちるその中で地に倒れながら、フルールは顔を動かした。身体が麻痺し感覚がなくなってきている。痛みを感じなくなってきていることに感謝するが、それだけ危険な状態ともいえた。
エリスも倒れている。背中からの深い一撃は確実に致命傷を与えていた。
(だけど……)
拳を握り締め、起きようと身体を震わせた。自分の魔法の傷と、エリスの刃の傷――どちらがより深くダメージを負っているかといえば、フルールのほうだった。おそらくは、まだエリスは――
「守護天使の洗礼よ――」
月夜に流れる天使の祝福の詩に、白き閃光の魔方陣が浮かび上がった。エリスを、そして、近くに倒れているフルールをも包み照らした魔方陣は天へ燐光の線を放ち、輝く粒閃が浮かび踊る。
セレスは瞳を閉じたまま、朝の陽に輝く銀の粉雪を舞わせるように腕を柔らかく上げ――魔方陣の粒閃の輪舞が天に届いたと同時に瞼をゆっくりと開き、腕を振り流れさせ祈りを声に力ある音律を謳った。
「天へ清めよ!!」
エリスを包む白銀の輪舞は収束し、踊る閃光の風が衣となって輝く。空へと伸びた輝きは燐光の線を道標に旋風とともに天を射し、闇を照らし染めた。
やがて――光の螺旋がなくなり閃光が消えいく。その後には、優雅に、そして、深々と天使の羽が祝福するように舞い落ち、純白の花弁は散り踊った。夜に浮かぶ白き羽は闇を僅かに照らし、花弁は魔方陣の消えた地を彩り飾る。
浄化の力は成した――かに見えた。
「っ!?」
目に入った光景に、セリスは腕を下げ息を止めた。祝福されたように純白の羽と花弁が広がったその中心には、黒き翼を宿した女性が膝を曲げうずくまっていた。
エリスは消失していない。浄化は失敗したのだ。




