一
――十年前。
魔女の使徒、エリスの出現に、新任とはいえすでに二体の使徒を倒している漆黒の聖女フルール・ヘスティアが戦うことになったのは不思議ではなかった。そして、その横にいつも共に戦っていた白銀の聖女が居たことも。
だけど、とフルールは思う。運命ではないとしても、本当に偶然なのだろうか?
ギキィンッッ――!
手にした大鎌でエリスの闇の刃を弾き、振った勢いのまま回転し魔法を解き放つ。
「いたずら天使よ!」
夜の闇に小さな天使の羽が煌めくような幾つもの風の線が流れ、エリスを捉えようと瞬いた。動きを鈍らせる牽制のつもりだったが、エリスの手の一振りで風の全てが掻き消される。
「私を倒せば災いは止まる。倒せるか、私を――」
その言葉とともに始まったエリスと自分たちの戦い。エリスの討伐は全ての聖女、全ての魔法少女が向かっていることだった。誰もが意識し、戦う覚悟もしている。だけれど――
(エリスは、わたしたちの前に現れた)
しかも、自分たちだけと戦うために、人気のないこの場所へと逃げてきた――ように見えた。まるで誘うように。
最初は何かあるのかと――例えば、罠とかがあるのかと思ったのだがそれもない。魔女の従僕すらもいなかった。とはいえ、罠がなかったことも、従僕がいないことも幸運なことかもしれないが。
幸運――訓練生や見習いの前に現れなかったことも幸運だった。聖女である自分たちの前に現れてくれたことも。だからこそ、ここで自分たちが倒さなければいけない。魔女の災いを止めるためにも。
(そうだよね)
フルールは自分を納得させる為に心の奥で頷いた。偶然の幸運だったとしても――必然だったとしても、みんなを守るために戦って、エリスを倒さなければいけない。
(よしっ、頑張らないと!)
むん、と心で気合をいれ、フルールはエリスに向かった。
一足で自分の大鎌の間合いに入れ、横薙ぎの一閃を放つ。退くエリスに脇を狙った斬り返しの一撃を閃かせ、避けられ上へと流れた勢いのまま回転し、再び大鎌を振り下ろした。
ギィンッッ!
エリスは手にした闇の刃で受け、怪しく微笑んだ。唇を僅かに開け、魔法を唱えようとする――が、
「白き閃光よ!」
高らかな声が響き、白光が夜を照らした。一直線に伸びた光は闇を切り裂き、夜の主のようなエリスを貫こうと閃く。だが、エリスは漆黒の翼をなびかせると、フルールの大鎌を弾き飛ばし、そのまま空へと飛び上がった。下で通り過ぎる閃光を見つつ、唱えていた魔法を解き放つ。
エリスの吐息に炎の渦が纏いつき、闇を焦がしフルールへと襲い掛かる。しかし、その時にはフルールの魔法も完成していた。
「天使のそよ風よ!」
優しい風がフルールを包み、炎を散らせる。火の粉が舞い、焼けた雪のような燐光が月夜に吹雪いていった。
「フルールさんっ!」
声と共に、白銀の聖女――セレスは、魔法を唱え始めた。その気配を感じてか、エリスは炎を消しセレスへと振り向く。炎の螺旋の終わりと共にフルールは大鎌で火の雪を払い、再び闇に舞い刃を月に閃かせた。
一定の距離を保ち、一人が近接で動きを止めれば、もう一人が魔法を放ち、エリスが離れれば両方で魔法を打つ。フルールとセレスの相性は双子のようにピッタリと合っていた。長年の付き合いというだけでなく、他の魔法少女と比べそれ以上のものが二人にはあった。だが――
(わたしと、セレスちゃんの二人でも……)
二人がかりでようやく対等……とはいえなかった。はっきりいえば、これは不利だ。
確かに今は均衡を保っている。だが、それは連携とバランスが上手くいっているからだった。もし、些細なミスが一つでもでれば、そこで均衡は崩れる。
二人なら大丈夫とは確信しているが、戦いが長引き疲労が溜まっていけば危険が増していくのは否めない。
(それに何より――)
もしミスがでなくとも対等であることには変わりはないのだ。
もちろん勝つ方法は何通りも考えている。均衡を破るチャンスは必ずあるはずだった――ただし、それは相手にとっても同じだろうが。
戦いが続けばどちらかが必ず倒れるだろう。当たり前の話だが、こうまで対等だと一か八かになるしかない。
問題は、その一か八かの賭けに乗れるかどうかだ。
(わたしは、覚悟してるよ)
だが、魔女の使徒はどうか?
こちらは魔女の使徒を倒すことを目的としているが、魔女の使徒は必ずしも魔法少女を倒すことを目的としていない。魔法少女を倒すことをもちろん考えてはいるが、不利になってまで倒そうとするかどうか――歴史では暗躍するばかりで、直接戦うことは少なかった。
もし保身を考え、どこかで妥協点を探そうとするのなら、そこに隙が生まれるかもしれない。
そして、その時が――こちらも妥協する時だった。




