二
エリスの放つ炎を弾き大鎌で弾き、フルールはなお距離を詰め刃を振りかぶった。上から下へと、鋭く速く闇に一閃を描く。
闇の刃でエリスが受けた一瞬――目に入った使徒の紅い瞳。だが、その視線は凍ったように冷たく、こちらに感情も、瞳の奥にある意思も、何も伝えてはくれない。
「光の雨よ!」
セレスの声に、フルールは闇の刃に鎌を滑らせ柄でエレスを打ち、その反動で身体を横へと流した。そこへ、キィィン――という音と共に、無数の光の矢が降り注ぐ。
発動の直前まで動きを押し止め、そして、放たれた光の矢。普通の従僕なら絶対に避けられないタイミングだ。しかし、フルールは結果を確認することなくすぐに大鎌を構えた。閃光の雨がエリスを貫く瞬間、巨大な炎の螺旋がエリスを包み、フルールを弾き飛ばす。
「――っ!」
フルールは熱と衝撃に歯を食いしばり――そして、一気に炎を刃で薙いだ。蒼き閃きが宙に三日月を描き、斬撃が灼炎の輪舞を切り裂く。
――ィィンッッ!!
炎の渦は割れ弾け、斬撃の閃きがエリスの身体に線を引いた。だが、
「――――」
黒き装束の綻びを風に揺らし、エリスは無言でフルールを見下ろした。傷はつけたが、やはりこの程度ではダメージは受けていないようだ。自分のダメージと比べると、と思い、フルールはやせ我慢して見下ろすエリスににこりと微笑んだ。まだまだ大丈夫だが、やっぱり痛いものは痛い。
「フルールさん!」
声を上げ、近づいてくるセレスにも「大丈夫だよ」と微笑みかえし、フルールはもう一度エリスを見上げた。相変わらず無言で、冷たい視線は何も語ってくれない。エリスの思考を読み取ろうとするのは無理のようだった。
もし、妥協点を潰したら――保身を考え、逃げようとした隙に致命傷を与えられたとしたら、その時、エリスはどういう行動にでるか。
おそらくエリスの目的は保身よりもこちらを倒すことに変わるだろう。怒りの表情を見せるかどうかはわからないが、少なくとも死に物狂いで向かってくるに違いない。
そうなれば、相手に致命傷を与えられていたとしても、大きな有利とはいえなくなってしまう。
(――分かってる)
思考の途中から頭の隅で訴えかけてくるもう一人の自分の言葉に、フルールは胸中で静かに返事をした。
隙を突くという話以前に、二人であればエリスに対して確実に勝てる方法はあった。エリスは二人両方を相手にしている。でも、それが一人に絞らなくてはならなくなったら……残ったもう一人で確実に仕留めることができるはずだった。
今までは、致命傷を恐れエリスは一人に絞ってこなかったが、それはお互い様だった。こちらもどちらか一人が傷つくのを恐れ一歩踏み込まなかったからこそ均衡を保てていた。だが、このまま続けば体力も精神力も集中力も――判断力も失っていく。判断が遅れれば取り返しがつかないことがおきる。それは絶対に防がなければいけなかった。
だったら、覚悟を決めなければいけない。冷静な判断ができている今で決断しなくちゃいけない――妥協しなくちゃいけない。
(機会は一度だけ)
一人が抑え、一人が仕留める――だが、一度で決めなければ、エリスは自分の考えに気付いてしまうだろう。そして、人数を減らすため、致命傷を覚悟で確実に倒せる一人を狙ってくるに違いない。自分か、セレスか――おそらくは――
(だから、わたしが確実にやらなきゃ。絶対に)
自分の考えを知ったなら、セレスは進んで抑えに――犠牲に回るはずだった。でも、それだと駄目なのだ。仕留めるより、抑えるほうが強い力がいる。エリスを倒そうとするのなら、確実に抑えなければいけない。だとすれば、それは自分の役目だった。
(わたしたちの目的は魔女の使徒を倒し、みんなを守ること)
だから、
(そのためには、やれることをやらなくちゃ!)
フルールは大鎌を持ち直し、くるりと一回転させ構えた。
「セレスちゃん」
横にいたセレスに声をかけ、フルールはいつも通りに――日向で椅子に座り紅茶を飲んでいる時のような柔らかく優しい微笑を向ける。
「倒すことに、迷っちゃ駄目だよ」
「フルールさん……?」
その微笑み、いつも通りの表情にセレスの中に不安が広がった。だが、
「お願いね!」
問いかける前にフルールは地を蹴り上げ、エリスに向かって大鎌を振り上げた。先程よりも一段速く懐へと飛び込み、刃を閃かせる。
戦いの力を一つ上げたフルールの姿に、セレスの不安は更に大きくなっていった。一人で戦うつもりで――と頭によぎるが、さっき話した言葉をすぐに思い出す。フルールは自分に「倒すことに迷うな」と言ったのだ。
(フルールさんは、一人で抑えに行ってる)
その事を理解し、同時に自分の役割も自覚する。エリスとフルールの戦いに入ることはできない。自分の力ではフルールの速さに合わせることができないからだ。だとしたら――
(一瞬の隙をついて、大きな魔法を放つ)
決断と同時、セレスは意識することなく瞬時に魔法を編み始めた。不安はなくならない。だけど、今は目の前の役割に集中して。




