十
「ァア、ァ……ァアアアアァアアアアァァッッッ!!!!」
会議が始まってすぐ叫び声を上げたのは、若い女性の役員と、中年の男性二人、そして、重役の一人でもある初老の男性の四人だった。
漆黒の魔方陣が浮かび上がり、闇の雷光を弾けさせながら、その姿は現れる。
(――まったくっ!)
叫びと混乱の中、狭い会議室に現れた四体の従僕――巨大な漆黒の騎士にファイスは胸中で毒づきながら、机を飛び越えすぐに前へと出た。
「ここは、私とセレスとミュゲで対応する! 他の教師は役員の方を外へ誘導しなさい!」
会議室の扉を開けると同時に、教師に助けられながら十人の役員が廊下へと出て行った。
十人の内の四人――しかも、校舎内で現れるとは思わなかった。『当たり』が多すぎる。偶然とは思えないほどに。
――封印が解けるのは時間の問題だと思います。
セレスの言葉が頭を過ぎる。だが、咄嗟に口に出たのはセレスへの問いかけでも、「余計な事を言って」という文句でもなく、別の言葉だった。
「花開け!」
真紅の魔方陣の輝きを受け、風に髪を靡かせながら燐光を舞わせる。高い音律は響き、唇から調べを紡いだ。
「小さな姫の輝く花よ!」
炎の輪舞に、ルビーの輝きが瞳に宿った。照らす閃光と共に、炎環が身体を包み抱きしめ、やがて、その姿を生まれ変わらせる。
弾ける燐光に、女神の誕生を祝福するかのような真紅の花弁が舞い落ち、鮮やかなルビーの衣に金色の刺繍が施された装束を纏った女性――ファイスは携えた細剣を静かに払うと、紅の花弁と輝く燐光を刀身に躍らせ、祝福の詩へ応えるように胸へと掲げた。
消えいく魔方陣と共に、ファイスは会議室の全体を把握した。セレスとミュゲも開花は終わり、すでに従僕へと向かっていた。扉からは教師が三人、同じく魔法少女と成って飛び込んでくる。
改めて、魔女の従僕の姿を確認し――真っ先に浮かんだのは同情だった。
部屋に入りきれないほどの大きさで頭と身体を窮屈そうに曲げている黒き騎士。その姿は騎士らしくもない。従僕の大きさや強さは水晶に入る負の感情によって決まるのだが、目の前の従僕はかなり大きかった――つまりは、それだけ生み出した人間の負の感情が多かったということだ。
やはり役所となると色々大変なのだろう――その事に同情し、かといって、手を緩めることもなく、ファイスは瞬時に魔法を放った。
「真紅の風よ!」
ガゴォッッ!!
壁を破壊しながら、従僕を吹き飛ばす。こちらの意図を理解したのだろう。他の三体の従僕も、セレスやミュゲが開いた穴から魔法で弾き出していた。校舎内で戦おうとすればどれだけの被害が出るか分からない。だったら、壁一枚のほうがまだいい。
心配もある。壁の修繕は役所がしてくれるだろう、その心配はしていない。だが、学園に従僕が現れ校舎が破壊されたとあれば、近隣の住民や魔法少女の動揺は必至だった。不安はなお従僕を出現させ、魔法少女の力を鈍らせる。
ミュゲと教師たちが従僕に対応するため開いた穴から下へ降りる中、ファイスとセレスは校舎の上に浮かび、周囲の状況を確認した。
「――参ったわね」
できれば外れて欲しかったが……予想通りだ。
周囲の街並みの中に黒い影が何体も現れていた。従僕は従僕を呼ぶ――このままだと従僕の出現を促進させられかねない。速い対応が必要だ。
「学園の従僕を早急に浄化し、ミュゲに人を集めさせましょう」
「そうね」
と答えたものの、ファイスは――そして、セレスはどれだけ対応できるか予測できずにいた。
圧倒的に人数が足りない――経験も足りていない。近隣の従僕の数を考えれば、見える以外の場所でも従僕は現れているはずだった。この混乱した状況下で頼れるのは、『エリスの災い』を経験している魔法少女しかいない。
――かといって、
「悩んでいる場合じゃないわね。全員で当たりましょう」
「……私は聖堂に行きます」
その言葉に、
「…………」
ファイスはセレスを見た。言葉の意味は分かっている。だが、セレスが何をしようとしているかまでは言葉だけでは分からない。それを、理解する為にセレスの瞳を見つめる。
強い意志を秘めた瞳。揺ぎなく、惑いない。セレスは聖女だ、その心の強さは疑いない。だけれど――
(守りに行くのか、壊しに行くのか)
学園長室でセレスは『覚悟』を示した。決着とも言った。責任は私がとるべきだ、とも。
一人にするべきではない。それは分かっている。だが――状況がそれを許してはくれなかった。
「――守りなさい。絶対に、何があっても」
ファイスは伝えた。伝わるようにと願った。守るという意味を強く――そして、純粋に真っ直ぐ。
代わることはできない。学園長であるセレスが学園を離れるわけにいかない。役割的に、自分が戦いにでることも当然だ。そして、セレスが聖堂に行くことも。
伝えたいことはなくならない。だが、問答する時間も、相手が理解したかどうかを確認する時間もなかった。従僕は待ってはくれない。
「行くわよ」
「――はい」
ファイスの言葉にセレスは静かに答えた。聖女の姿で、その意思を持って。
灼炎を纏い、紅蓮の聖女――ファイスは舞う。戦いの中心へと、燐光を踊らせ――
雪銀の燐光纏い、白銀の聖女――セレス・フリンデルは風に溶け込む。聖堂へと、その意志を持って――




