九
「綺麗で優しくて、いつも笑顔を絶やさない……もう一人のお母さんのような人で、それで、フルールさんには……」
――それは、全てを壊す言葉。言えばいいのだ。手を伸ばせばすぐに届く、そんな近くに貴女はいる。掴んで離さなければいい。今度は絶対に――
「わたしと同じ、年齢が一緒の女の子が……」
――その時だった。
ガタッ
シェオルは急に立ち上がった。立ち上がり、教室のその先を見つめるように、何かを見定めるように真っ直ぐに視線を向け、そして、机を抜け出した。
「シェオルさん……」
突然の行動に全員が呆気にとられている中、セリッサだけが小さく呟く。
だが、その呼びかけには応えることなく、シェオルは扉へ向かい足を進め――そのまま教室を出て行った。
「え、なに……どうしたの、シェオル?」
「……追いかけましょう」
わけが分からず戸惑った声を上げるレオネに、セリッサはすぐに立ち上がった。
最初は自分の話を止められたのかと思った。漆黒の聖女の話を止めるために、立ち上がったのだと。だけど、それは違った。シェオルは……シェオルの瞳は別のものを見つめていた。
あの視線は、あの雰囲気は、従僕と戦う時のものだ。死を纏い、冥府を顕すシェオルの姿――だから、不安になる。
まるで予知しているように、シェオルは従僕の出現を事前に察していた。そして、戦いの空気を纏っていたということは――
――ズゥゥゥンッッ!
「――っ!?」
鈍い地響きに、教室に居る全員が息を飲み身体を硬直させた。
誰もが咄嗟に声を出せない。今の揺れは、明らかに校舎に何かが起こった音だった。そして、今のアルカンシエルの状況で校舎に何かが起こるとすれば、その原因は一つしかない。
「……まさか、従僕が来たっていうの?」
全員の思いを代弁したようなファーノの呟き。しばらくして、周りの教室からも声が聞こえてくる。混乱が広がりつつあった。
「シェオルさんを追いかけます」
「あ、ちょっとっ!」
セリッサはそれだけ呟き、いち早く走り出した。
教室を出て行くその後姿を見送り、残った六人は互いに顔を見合わせた。騒ぎは大きくなっていく。何かが起こったことは確実だが、今、教室を出て行くことはおそらく得策ではない。従僕が出たのであれば、初等生は教室で待機が原則だ。
「どうする?」
レオネの問いに、ファーノは隠すことなく迷いの表情を浮かべた。シェオルが何を考えているか分からないし、セリッサが何を気にしているのかも分からない。元々、シェオルは全てが意味不明だった。その行動を理解できたことは一つもない。
だが、
「――私は行くわ」
ファーノは静かに口を開いた。シェオルは確かにわけが分からないが、戦いに関しては――認めるのは癪だが――確かな力を持っていた。そして、誰よりも戦いを望んでいた。だとすれば、この状況で向かうとすれば確実に従僕の所だった。
「やっぱ、そうなるかぁ」
シェオルの戦いを直接見ているレオネも薄々気付いているのだろう。しぶしぶながらも腰を上げる。
「私もいきます」
シュティが立ち上がり、続けて、シアも立ち上がった。イリスもファーノの方へと歩いてくる。我関せずと無言でいたステルも立ち上がり、こちらに視線だけは向けていた。
イリスやステルに関しては、仲間だからということではないだろう。友人ということでもない。だが、戦いに躊躇はなかった。
学園で魔女の従僕が現れ、そこに、クラスメイトが向かっている。だとすれば、ここでじっとしているわけにはいかない。
「じゃあ、行きましょう」
ファーノは全員へと目を向け、そして、走り出した。
混乱は広がっていた。
そんな中を六人の魔法少女初等生は駆け抜けていく。
白銀の少女と、漆黒の少女を追って――




