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「母からその時のことを詳しく聞いたことはないのですが……『デュスノミアーの混乱』の時は訓練生でしたし、戦っていたと思います」

「そうなんだ。やっぱりすごいよねぇ、セリッサのお母さんも、その……えっと、漆黒の聖女も」

「フルール・ヘスティア。私たちの先輩で、聖女なんだから、きちんと名前を覚えておきなさい」

「あはは、ごめんごめん」


 教師のように教壇から近づいて指摘するファーノに、レオネは身体を起こして謝り、ふと気付いたように質問した。


「ん、でもさ、セリッサのお母さんは学園にいるけど、漆黒の聖女はどこに行ったの?」

「そんなことも知らないの? 漆黒の聖女、フルール・ヘスティアは聖都の命で特殊な任務についてるわ」

「特殊な任務って?」


 常識よ、といわんばかりに説明するファーノに再び質問し……レオネは誤魔化すようにすぐにセリッサへと顔を向けた。質問した瞬間、ファーノの視線が多少厳しくなったからだ。

 自然と質問されたようになってしまったセリッサは苦笑しつつ――そして、気付かれないように動揺を隠して――レオネへ答えた。迷いなく、はっきりと。


「エリスを倒した後に現れた『時の狭間』に入ったといわれています。魔女の娘の居場所を探るために。ただ……」

「ただ?」

「ただ、この十年間、漆黒の聖女を誰も見たことがないから実際はどうなのかは分からない。時の狭間がどんな場所かも分からないしね。まあ、そのせいで様々な憶測が囁かれているけれど、聖都の命だから否定する理由も疑う理由もない、と私は思うけど」

「そうですね……」


 言いよどんだ言葉の後を続けるように付け足したファーノに、セリッサは静かに頷いた――僅かに瞼を落として。

 ファーノの話は誰もが知っている噂話のようなもので、他意があったわけでも、セリッサに文句をいったわけでも……助けてくれたわけでもないだろう。それは、セリッサ自身も分かっていた。

 ただ、付け足した言葉が自分の考えていたものと合っていたかといえば、それは違っていた。だからといって、否定もできない。もし、自分の考えていたことを話してしまえば……何かが壊れるような気がした。自分の何かが。


(だから、言えない)


 ――でも、『ただ』と続けそうになった、話しそうになった自分がいる。自分の何かを壊そうとしていた自分がいる。


『ただ、漆黒の聖女を今まで見た人はいません。だから、もしかしたら、漆黒の聖女はエリスと戦って――』


 あの時。全てが変わったあの時の白銀の聖女――母の表情を今でもはっきり覚えている。自分に心配かけないように涙を流すことはなかったが、母は泣いていた。

 そう――泣いていたのだ。苦しそうに、悲しそうに――


「漆黒の聖女に会いたいな……」


 突然の言葉に息が止まり、身体が震えるのを抑えることができなかった。セリッサは声のほうへ視線を向ける――声の主はシアだった。

 シアは教科書から目を離し、そのままの素直な気持ちを呟いていた。『黒白の聖女』から漆黒の聖女の話になり、憧れの魔法少女に会いたい気持ちが強くなったのだろう。他の意味はなかった。

 そう、他に意味はない。そのことに気付いて、すぐにセリッサは視線を戻し俯いた。声に反応し、顔を横に向けてしまったことを後悔する。自分の横には――視線の先にはシェオルが居たから。


「私も会いたいわ。どんな人なのか見てみたい」

「セリッサは、会ったことあるの?」


 ファーノの後のレオネの言葉に、セリッサは何とか身体を震えるのを抑え息を止めてから静かに頷いた。


「……あります。小さい頃でしたけど、あります」


 予想はしていたことだった。漆黒の聖女と共に戦った白銀の聖女――その娘である自分に聞いてくるかもしれないことは考えてはいた。けれど、


「そうなんだ。どんな人だった?」

「漆黒の聖女は……フルールさんは……」


 すぐに答えることができず、セリッサは机の下で手を握り、そして、シェオルへと視線を向けた。


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