十二
――――バタンッ!!
セレスは勢い良く扉を開くと、正面にあるアテネ像を見つめた。
そして、すぐに像の前にいる少女にも気付く。制服を着た学園生、魔法少女初等生である新入生――
魔法少女に成れない異端の少女、シェオル・ハデス。
「……何をしているのですか」
シェオルの姿に別の言葉を上げそうになるが……セレスは全てを飲み込んで、冷静に問いかけた。
二人きりなのだ、話したとしても誰も咎めるものはいない……それでも、何かが壊れることを恐れ、学園長として、聖女として話を続ける。
「何をしていたのですか、シェオル・ハデス」
「祈りを」
セレスの言葉に、シェオルは静かに答えた。振り返り、そして――
「祈りを捧げていたんです」
「…………」
視線を向けるシェオルに、セレスは咄嗟に声を出すことができなかった。
穢れ無き純粋なその視線。だけれど、寂しそうな悲しそうな透き通った瞳。それは、もしかしたらシェオルの本当の姿なのかもしれなかった。
「……ごめんなさい、嘘です」
ふっと視線を外し、シェオルは笑う。心を隠すように、にこりと微笑み――そして、いつもの調子でセレスへ向かって話しかけた。
「何をしていたと思いますか、学園長」
「……シェオル・ハデス、貴女は」
――ゴーン ゴーン
鐘の音が静かに重く鳴り響く。魔女の従僕が現れた合図となる鐘の音。
「……シェオル、部屋へ戻りなさい」
セレスは静かに一言告げた。話す言葉――話さなければならない言葉、伝えなければならない言葉が胸から溢れそうになるが、その全てを押し込めて、ただそれだけを告げた。
「手伝いましょうか?」
それは、聖女に対して言っていい言葉ではなかった。しかも、シェオルは魔法少女見習いであり、魔法少女にもなれないのだ。もし、他の魔法少女がこの場に居たら問題になっていただろう。
「……前に話したはずです。貴女を戦わせることはありません」
だが、セレスは冷静に答えた。いや、正確にいえば冷静を努めて。
「魔法少女に成れない貴女を戦わせるわけにはいきません」
自分でも余計だと分かりながら、セレスはそう付け加えてしまっていた。自分で嘘をついていると分かっていても、付け加えずにはいられなかった。
(シェオルを……あの子を戦わせてはいけない)
何がそう思わせたのかは分からない。だが、焦燥と共にその想いが心に浮かんだ。
「分かりました」
セレスの気持ちが分かったわけではないだろうが――伝わってほしくない、伝わらないことをセレスは祈って――シェオルはただ頷く。
静かに歩き出し、扉へと向かう。
そして――
「――――」
シェオルが横を通り抜ける時、セレスは視線を外さずにはいられなかった。
あの子を見ることもできず、一言いうこともできず、セレスはただ立ち尽くす。
前に進むことも、後ろに戻ることもできず、一歩も踏み出せず、ただその場にずっと――
――――――――――
扉を開け外に出ると――そこにはセリッサが立っていた。
「…………」
何かをいいたそうな、苦しそうな――泣きそうな表情。
(いえばいいのに)
シェオルはそう思った。言われれば困るのは自分だが、そんな表情をするくらいなら言って貰ったほうがいい。
「どうしたの、サリッサ?」
いつも通りに声をかけてから階段を降りる。
「…………」
セリッサの返事はない。
(やっぱり――)
学園長もそうだけど、セリッサなら気付かれちゃうか――
シェオルは内で呟き苦笑した。だからこそ、セリッサは何と声をかけていいか分からないのだろう。
「学園長が部屋に戻ってろってさ。帰ろうか」
横を通り過ぎ、先を歩こうとしたその後ろで、
――ギュ――
と、シェオルの服の後ろをセリッサは握ってきた。
「……シェオル……さん」
その名前を、『シェオル』と呼ぶことにどれだけの葛藤があったのだろうか。
それが分かるから、
「…………ごめんね」
シェオルは小さく囁いた。気付かれることは分かっていたが、それでも謝った。
「……ュテちゃ――」
顔を上げ、言いかけたセリッサの言葉を視線を向けるだけで止めさせる。
「帰ろうか」
シェオルは歩き出した。その時には、セリッサは手を離していた。
「…………はい」
返事を返して後ろを歩き出す。それ以上の言葉はなく、口を閉ざしたまま。
(――ズルイ)
何も言えなかった。言えるはずがなかった。
あんな視線を向けられたら。
(ズルイです。だったら、どうして……)
怒りでも悲しみでもない。本当に申し訳なさそうな、困った視線。
(どうして、謝ったんですか)
気持ちの全部を出そうとしたその瞬間、わたしの口は止められてしまった。
(……ズルイです)
セリッサはシェオルの背中を見つめる。手を伸ばせばすぐに届く距離、すぐに触れられる距離――だけど、
(シェオルさん……)
セリッサは手を伸ばせなかった。一歩を踏み出すことができなかった。
――こんなにも近いのに、手を伸ばせば触れられるのに……あなたを感じられるのに、わたしは触れることもできない。
セリッサは、シェオルの後ろをただ見つめる。何度も何度も葛藤し、その度に服を握り、泣かないように我慢して。




