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 大気が白み、空が陽に染められ始める、暁の早朝――


 少女は聖堂へと立っていた。アテネの像の正面へと立ち、その瞳を見据える。

 視線の先には何があるのか――少女は胸に手を当てた。忍ばせた刃と、そして、心の刃を確認する。

 意志は変わっていない。十年前のあの時から、一度たりとも惑うことはなかった。


 時が壊れ、始まる。

 始まりの時を確信し、終わりを誓う。

 

 死の約束を母たるアテネの像に誓い、少女は静かに瞳を閉じた。

 冥府の少女、シェオル・ハデスは祈る――最後の祈りを、鎮魂の願いを。



  ――――――――――



「――こちらは、のどかでいいわね」

「ふふ、聖都のほうはどうですか?」

「人が多いと面倒よ。色々とね」


 学園長室にある大きな窓から広がる風景に、春の暖かな陽に紅の髪を輝かせながらファイス・ネルケはセレスの問いかけに答えルビーの瞳を細めた。

 いい陽気だ。オープンカフェでゆっくりするには絶好の天気だろう。自然が多いアルカンシエルは、日常の風景でも絵となる。白む早朝、中天の輝く陽、紅の夕空、夜の月星――それぞれに色が変わり、違う顔を見せてくれる。

 せめて、二、三日は滞在したい。ただし、休暇での二、三日であって、仕事での三日は勘弁してほしかった。自分が仕事で三日、または、それよりも長く滞在するということは状況が悪いことを意味する。


「すみません。本来ならこちらが伺わなければいけないのに……」

「まったくよ」


 改めて謝罪したセレスの言葉に、真紅の聖女であるファイスは笑って振り返った。


「本来、聖女が一学園に留まることなんてことは褒められたことじゃないんだから。しかも、学園長になるなんて。まあ、ここ十年――『エリスの災い』から魔女の使徒が現れていないからいいんだけど」


 ファイスは窓から離れ、机にある紅茶を手に取った。カップに一口つけてから、ふっと息をつく。


「まあ、そのおかげで、今だ私は『聖女』のままだわ」

「そういわないでください。実際に、それだけの力があるのですから。今、ファイスさんを超える魔法少女はいません」

「お世辞を言わないの。私だけじゃなくて『聖女を超える』でしょ。それに、『今』だけね」


 カップを置き、机に置かれた控えめだが鮮やかな花へと目を向けた。学園内の清掃は全て生徒が行う。それは、どの魔法少女学園でも同じだった。そして、こうした花も生徒が飾るようにしていた。花を飾りお世話するのも教育の一環だ。

 シンプルながらも小柄で可愛らしい透明な花瓶に咲いている綺麗な花。真っ赤なカーネーション。花言葉は確か――純粋な愛情。自分に合わせてくれたのかもと思うが、おそらくは偶然だろう。ただ、偶然であってもカーネーションを選んでくれたことは嬉しかった。カーネーションは自分が好きな花だ。


「聞くところによると、今年は有能な新入生が揃ってるらしいじゃない。うちの姪を抜けたとしてもね」

「そんな、ファーノ・ネルケも有望な生徒ですよ。お世辞ではなく、学園長として見て」

「ありがと。ついででその様子も見ていきましょうか。さて――」


 友人の顔から仕事の顔へと変え――仕事に戻るのは嫌だったが、しょうがないと諦め――ファイスは一拍の間を空けた。


「世間話はこれくらいにして、本題にいきましょうか。とはいっても、貴女ももう分かっていることだろうと思うけど」

「……はい」


 改めて向き直り静かに告げるファイスに、セレスも姿勢を……身体だけではない心の姿勢も正し、一度瞳を閉じると小さく返事を返した。そのセレスの姿に、ファイスも僅かに頷き、真紅の聖女として言葉を伝える。


「アルカンシエルに現在起きている異常な魔女の従僕の出現に関して、最高評議会の決定を伝えます。頻度と数、その出現率の高さを鑑み、起こるべき最悪の状況を想定し満場一致で判断を下しました」


 セレスはファイスの言葉を黙って聞いていた。おそらくは予想通りであり、こちらが分かっていることをファイスも知っているはずだった。それでも続けるのは明確にするためだ。現状と、今後を明確にするために。


「『魔女の使徒襲来への予兆』。今後に備え白銀の聖女以外の聖女は全て聖都パラス・アテネで待機。アルカンシエルは学園を中心に厳戒態勢をとることになります」

「はい」


 セレスは静かに頷く。ここまでは確認作業でしかなかった。評議会の決定は誰もが納得する、当然の対応だろう――問題なのは、いや、大事なのはここから先だった。


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