三
浄化の効果を確認し、ミュゲはファーノから視線を外した。疲れがあったのか最後の構成は甘かったが、概ね及第点といえる。
訓練場の広い敷地の中、それぞれに距離をとって訓練している三人の初等生。ファーノの隣、二人目の生徒へと視線を移す。
「花開け――」
長い漆黒の髪を静かに靡かせ――
藍の視線に鋭さと、そして、冷たさを宿し、僅かに開いた唇から鈴のような琴線が空気を揺らした。
「小さな姫の輝く花よ」
深々と朝靄に積もる雪のような光が溢れ、陽の粒とともに紫円の魔方陣が地に顕れる。涼やかな風が輪舞し、白き光が凪の線をなぞって蒼天へと昇った。
「――――」
リンッ――と鳴ったのは何の音だったか。
雪の結晶が弾けたような澄んだ音律が響く。紫藍の花弁が舞い、長剣――東方の国では刀と呼ばれる剣を手にした少女は踊るようにゆらりと手を靡かせた。
――ィン
刀は抜かれ、一点の曇りもない刃は閃光に煌めいた。白き衣に薄紫の刺繍、東方に見られる式服のような藍の装束を上から纏い、剣舞の如く刀が揺らめく。
一太刀、二太刀、流れる刀に紫藍の花弁も踊り――納刀とともに散華していった。魔方陣は失われ、雪が消えるように燐光薄らぎ、穏やかな風が少女の髪と装束を緩やかに揺らす。まるで、何事も起こらなかったように静かに、深々と――
イリス・アイリ。
剣聖の孫娘であり、おそらく剣の一族だったアイリ家の始めての魔法少女だった。とはいえ、実はアイリ家と魔法少女は少なからず縁がある。
元は東方の国に住んでいたのだが、曽祖父の時代にこちらへと移り、そして、祖父の代で王から剣聖の称号を得ることとなる。西方にはない東方の剣術を流布し、西方の剣術の隆盛にも尽力した功績に加え、魔法少女でないにも関わらず従僕に対し人々を守ったとして、その活躍が認められ剣聖の称号が与えられた。国で三指に入る騎士――いや、剣士として有名で、剣を学ぶ者にとって知らない人間はなく尊敬もされている。
その剣の腕は孫娘であるイリスにもしっかりと伝わっているようだ。その実力は初等学園の頃から噂されていた。もしかすれば、祖父を超える剣の使い手になるのではないかと。
隊長という役目がら、ミュゲも都市の集まりでイリスの祖父は見かけたことがある。その時に耳にした話は、イリスは早熟かもしれないから、まだまだ長い鍛錬が必要だとかなんとか……
ともあれ、
イリス本人が魔法少女について何をどう考えているのか、それは直接聞いたことがない。しかし、
――――ィィン!
懐に入り胴を薙ぎ、退くと同時に足を払う。木の人形は、イリスの速さに反応することもできず、膝を付き動けなくなっていた。剣術だけで押さえ込んでしまった。しかも、手数をかけず確実に有効打だけを打ち込んで。
「――――」
イリスは鋭く息を吸い、ザンッという剣風の息吹とともに人形の頭から一筋の閃光を宙に描いた。ゆらりと揺れ、人形はそのままゆっくりと前へと倒れ動かなくなる。
浄化が使えないため水晶へと戻すことはまだできないが、勝負ははっきりとついていた。イリスは魔法を使わず……使うことをせず、人形を倒してしまった。訓練のため、魔法を使用するように伝えていたにも関わらず。
訓練にも付いて行けており、体術も申し分ない。武術に関してはいうまでもないが。
余裕もあり、冷静でもある。ただ、魔法に対しては……苦手というわけではないだろう、意識して使わないようにしているようだった。それは、イリスが魔法少女についてどう考えているのかを現しているとも取れる。つまり、魔法少女になるために剣術を研いてきたわけではない、ということではないのか。
刀を納め、イリスは静かに従僕を見つめていた。あの従僕の様子では、数時間は倒れたままだろう。イリスの戦いは終わっていた。




