二
「――花開け」
ファーノ・ネルケは燃えるようなルビーの瞳を開くと、凛とした声を天へと響かせた。
「小さな姫の輝く花よ!」
燐光が溢れ、輝く紅の魔方陣が地に浮かび上がる。雪が燃えたような蛍火が舞い、天へと伸びる一筋の閃光と共に炎の流れが踊った。
「――――」
天使の祝福のような真紅の花弁が舞い踊る。
手にした細剣を胸に当て誓うように祈り――白い衣に紅の刺繍が施され、髪と同じように燃えるような真紅のコートを纏った装束を翻すと共に細剣を正面へと突き刺した。
魔方陣の中心から炎環流れ、花弁が弾ける――そして、魔方陣は消え、ファーノは静かに剣を降ろした。同じように舞い落ちる、紅の花弁と共に。
ファーノ・ネルケ。
名門ネルケ家の魔法少女。聖女に列なる数少ない名門の一つ。
魔法少女は全て始祖の七聖女の血筋となるが、一度も魔法少女が途絶えたことのない直系となると数は少なくなる。聖女の中心である戦女神の聖女、黄皇の聖女、そして、真紅の聖女の三家しかいない。
現在の真紅の聖女ファイス・ネルケは「エリスの災い」の功労者であり、現時点での最年長の聖女であり、最も強い聖女の一人だった。ファーノは、その最強といわれる聖女の姪にあたる。
その為だろうか。誰よりも強さを求め、そして、自身を律していた。それは、このアルカンシエルに来た理由からも分かる。
ファーノは他都市からアルカンシエルへと入学した。本来なら、ファイスや代々ネルケ家の魔法少女が育った学園に入学するのが通例であり、誰もが当然の流れだと思っていたのだが、ファーノが同じように続くことはなかった。
白銀の聖女である学園長の前で話したという言葉を思い出す。ファーノは、「真紅の聖女よりも強くなるために来ました」と宣言したというのだ。
そして、「真紅の聖女と同等に強いといわれる白銀の聖女と、真紅の聖女よりも強いといわれた魔法少女――漆黒の聖女が育った学園でなければ強くなることはできないと思いました」と続けたという。
「――真紅の火よ!」
擬似の従僕である巨大な木の人形が炎に包まれる。一目で分かるほど、ファーノは従僕を圧倒していた。もちろん、初等生の訓練で使う初級の従僕が相手ではあるが、入学してから五日目で圧倒できる魔法少女は少ない。
魔法の精度も構成も速さも問題はなかった――当然、初等生としてだが。とはいえ、日々の訓練での疲れはあるようだ。慣れない環境もあるだろうし、気を張りすぎているというのもある。このまま続ければ、いつか身体がついていかなくなるだろうが、それも一つの経験だ。自身の身体と精神がまだまだ未熟だと気付くための。
「炎の天使よ――」
膝をついた木の人形を見て、ファーノは瞳と閉じ静かに唱えた。詩が力となり、形を成していく。
「天へ誘え!」
天空に通るような音律は、響きとともに確かな力を顕した。
浄化を成す力は木の人形の下に紅の魔方陣を描き、天へと閃光を伸ばす。口がない人形が叫ぶはずもないが、浄化に対抗する魔女の水晶の唸りか、または、風が鳴っているだけなのか、オォォォォ――という音が轟き、そして、
――――ィィィイン
祝福の鈴のような透き通った音色とともに従僕は徐々に消えていった。真紅の花弁は舞い輝き、光は輪舞し、やがて一つに収束していく。
キンッと微かに響かせ、黒水晶はその場へと落ちた。魔方陣が消えると同時に、ファーノも剣を降ろす。浄化は終焉した。




