二十
視線の隅で二人の開花を確認し、シェオルは笑みを浮かべた。
戦いに関しては自分一人で十分だったが、開花を見れたのは良かった。魔法少女と成る開花は、一種の芸術のようなものだ。誓いによって開く少女の命の花は人々を魅了する。その光景は歓喜と感動を与える。
良いものを見せて貰って久しい満足を得ながら、シェオルは改めて魔女の従僕へと瞳を向けた。雄叫びを上げていた人狼は、もう声を上げるのを止め動き始めている。
大きい……身長は三メートルはあるだろうか。そして、それに見合った体躯をゆっくりを動かしながら、呪詛の唸りを轟かせセリッサとレオネへと視線を向けた。漆黒の体毛に、闇の眼球。月のない、夜の闇なら見分けられないほど溶け込みそうな影の姿を引き摺り、長い爪と牙だけを陽に怪しく光らせ人狼は足を踏み出した。
暴走するかとも思ったが、魔法少女が現れたせいか狙いを絞ったようだ。とはいえ、落ち着いているわけではなく、近づけば容赦なく暴れるだろうが。そして、魔法少女が去ったとしても暴れるだろう。
逃げるつもりもないし、逃がすつもりもない――逃がしはしない。
「――折角だし、一発では終わらせないよ。すぐに浄化はしない」
シェオルは呟き、視線をもう一度変える。虚無の視線に、冥府の視線に。
浄化は起死回生の絶対術ではない。いや、そもそも攻撃術ですらない。浄化は負の感情を昇華させ水晶に戻す術であり、従僕を攻撃し弱らせるものではなかった。
しかし、浄化でなければ魔女の従僕は倒せなかった。浄化で水晶に戻さない限り、いくら弱らせても従僕が消えることはないのだ。そして、時が経てば力を取り戻していく。つまり、逆に言えば『浄化をしなければ戦い続けることができる』。
説明を加えるなら、浄化のタイミング、というとおかしな表現のような気もするが、浄化ができる瞬間は従僕によって違った。当然ながら、強ければ時間がかかり、弱ければ一撃で終わる――あの擬似の従僕のクマのように。
その浄化の瞬間を見極めるのも魔法少女の重要な能力の一つなのだが、感覚的なものなのでこればかりは実践を繰り返すしかなかった。……まあ、シェオルにしてみれば、見極めなんてしなくても動けなくなるほど攻撃を与えた後に浄化すればいいのになどと思っていたりするのだが。それは魔法少女の理念に反するものなのだろう。愛や希望を謳っているのであれば、従僕は倒す対象であり敵と呼ぶことはあっても、憎み殺す対象ではない。救う対象なのだ。
ともあれ、
「――――」
シェオルは足を踏み出した。自然そのまま何の気負いもなく従僕へと近づいていく。そもそもそれほど離れてなく、しかも、従僕が近寄ったせいか、小さな少女はすぐに従僕の間合いへと入った。
「シェオルさんっ!!」
セリッサは叫びと共に飛び出した。入学試験で擬似の従僕を一撃で浄化したことは知っている。だとしても、今度は擬似ではなく本物の魔女の従僕なのだ。どれだけの力があるかも、どれだけ凶暴なのかも分からない。
そんな従僕に、魔法少女に成っていないシェオル一人で任せるわけにもいかなかった。浄化なら自分にも使える。だったら、倒すことはできるはずだ。戦いが長引いても、自分たちがひきつけている間に街の人は逃げ切れるし、学園の魔法少女も来るはず――
数秒の間でセリッサがそう考えた時だった。
「ガァァァアアアアァアアアァアァァッッッ!!!」
人狼は咆哮し、右腕を上げた。長い腕と爪の影が地に伸び、すでに人狼の懐にまで入っていたシェオルへと狙いを定める。
「っ!!」
セリッサは息を飲み、瞬時に魔法を編み始めた。レオネも動き始めているが、自分よりも一拍遅れている。だとすれば、自分がやるしかない。
シェオルに身体をぶつけ爪を避けるとともに、なお魔法で弾くようにする。力の弱い、更に、魔法を編む時間がない自分がシェオルを守る為の最大の方法だった。一撃で従僕を怯ませる自信がないのなら、守りに専念するしかない。一瞬でも間が空けばレオネもくるはずだ。




