二十一
(間に合って――!)
セリッサは胸中で叫び、シェオルに身体をぶつけようと足を蹴り上げた――が、
「……っ!?」
セリッサの伸ばした手を、シェオルは左手で掴むと抱き寄せるように引っ張り、そして――
「嘘でしょ!?」
起こった目の前の光景に、レオネは驚愕の声を上げた。セリッサも同様の表情をしている。ただ、セリッサが声を上げれなかったのはあまりのことに息が止まったからだ。
「――――」
シェオルは無言で人狼を見上げた。咆哮し振り下ろされた人狼の手首をシェオルは空いた右手一本で受け止めていた。
セリッサが飛び込んできた瞬間、抱きとめると同時に一歩踏み込み、手首を受けるために爪の間合いを外したのだ。
「え、ちょっ……いや、大きさとか!?」
レオネは何と言っていいかわからず、戸惑った言葉を続けた。実際、信じられるはずがなかった。魔女の従僕は黒水晶に溜まった負の感情の産物であっても幻影ではない。実体はあるし、質量もある。それは現実と同じように大きさに比例する。
大きさを考えれば、目の前の人狼はおそらく建物をたやすく壊すほどの力を持っていた。それを片手で苦もなく受け止めたのだ。そんなことができるはずがない、『魔法少女でない限り』。
だが、それを魔法少女にならずシェオルはやってのけた。信じられるわけがなかった。
「ほんとに、どうなってんの……」
「…………」
かけるレオネの言葉に誰も返すことはなく、セリッサはただシェオルを見つめた。
「シェオル……さん」
「任せてっていったのに、危ないよ」
とんっと人狼から間合いを空け、シェオルはセリッサを下ろした。身体を離し、セリッサの頭に手を置く。
「でも、いい判断だった。セリッサらしい、ね」
「…………」
あまりの事に返事をすることもできず、セリッサはシェオルを見続けるしかできなかった――今が、どんな時かも忘れるほど。
「シェオル、セリッサッ!!」
レオネの声に、セリッサは我に返った。影は、もうシェオルの後ろまで来ていた。
「シェオルさ――っ!?」
セリッサの言葉を微笑みで遮り、シェオルは振り返った。
後ろに迫った人狼が左手を振り上げる――が、もうその時には飛び上がったシェオルの回し蹴りが人狼の顔を捉えていた。
右足の踵を顔深くに打ち込み、回し蹴りを振り抜く勢いのまま魔女の従僕を地面に叩き落とす。
「…………」
トッと地面に降り立ち、轟音と地響きを立て倒れた従僕を見下ろして……シェオルは不満そうに息をついた。
「ま、こんなもんか」
分かってはいたが、やはりこの程度だった。シェオルにしてみれば、擬似の従僕と変わりない。大きなクマのヌイグルミのほうがまだ見るだけでも面白い――いや、可愛かった。
運動程度に相手してもいいが……セリッサとレオネがいる。時間をかければ、また手を出して来かねない。
しょうがないと諦めるしかなかった。
「立ちなよ。寝てる相手にとどめをさすほど悪趣味じゃない」
言葉をかけたとしても、従僕には理解できなかっただろうが――
「グ……ガ……ァアアアアッ……ッ!!」
まるでシェオルに従うように、従僕はゆっくりと立ち上がった。身体を震わせ唸りを上げながら、爪を地面へと突き立てる。
待つ必要もなかったが、戦いの最中の退屈な時間を――セリッサたちにしたら短い時間だったろうが――我慢してシェオルは従僕が立ち上がるのを待った。
「ガ……ガァ……ガァアアアアァアアアアッッ!!」
雄叫びを上げて、地を足でひび割り従僕は身体を起こした。と、同時、
「ガァァアアアァアアアァァッッッ!!!」
叫びを止めぬまま、呪詛の咆哮と死の風を纏わせ目の前の少女へと鋭い爪を振り下ろす――
ドンッ!!
だが、爪が届く前にシェオルは一歩踏み込み、掌底を鳩尾へとめり込ませた。
キンッと音を立てて、背中から黒水晶が飛び出す。そして、水晶が落ちる頃には魔女の従僕の黒い影は音もなく全て消え去っていた。
「…………」
シェオルはかける言葉もなく無言で――退屈そうに漆黒の水晶を手に取った。
戦いは終わった。




