十九
「――う、ぅあああぁあああああっっっっ!!」
賑やかな日常の声を掻き消すように、絶叫が響き渡った。
「っ!?」
一気に静まり返る周囲の人々を余所に、セリッサはすぐに声のほうへと目を向ける。
そこには、中年の男性が両手を大きく広げ空へ雄叫びを上げるように絶叫を上げていた。後ろへ倒れそうなほど背を反らせ、ガクガクと全身を震わせる。
「まさか……っ!!」
セリッサの声と同時だった。男の胸から漆黒の水晶が浮かび上がり、黒閃の魔方陣が広がる。
その魔方陣から浮かび上がった『モノ』――黒毛の人狼は、這い出ると同時に産声を上げるように天に向かい咆哮した。
「ガァアアアァアアアアッッ!!」
「魔女の従僕……」
レオネはその姿を見て呆けたように呟いた。いくら魔法少女であり、しかも、魔女の従僕を見るのが初めてではないといっても、慣れるものでも恐怖を感じなくなるわけでもない。
だからといって、魔法少女という自身を忘れるわけでもなかった。人狼を生んだ男が地面へと仰向けに倒れると同時に、セリッサとレオネは魔法少女の顔へと変えすぐに行動に移る。
「レオネは学園へ報告に行ってください! わたしとシェオルさんで皆さんを誘導します!!」
「分かった!」
「大丈夫」
「え?」
静かな声に――周りは人々の悲鳴と叫びで満たされているのに不思議と聞こえた静かな声に、セリッサとレオネは動きを止めた。
「これくらい倒せるでしょ。すぐに終わらせるよ」
「……シェオルさん」
シェオルの言葉で、セリッサの頭に受付での出来事が再び蘇った。
簡単に浄化をしたシェオル……それ以前に、数十個もの魔女の水晶をシェオルは持っていたのだ。それはつまり、それだけの従僕と戦い浄化したということになる。
「え、えっと……戦うのはいいんだけど、それってやって良かったっけ?」
「……駄目です」
一言で否定し、セリッサは続けた。
「まだ正規の魔法少女でない見習いの魔法少女が戦うのは規則で止められてます」
「だよね、確か」
「だから、早く皆さんを安全な場所に誘導して、報告に――」
「いいよ、わたしがやる」
「シェオルさん……」
言葉を遮り、早々に従僕に向かって一歩踏み出したシェオルにセリッサは再度呼びかけた。何故、そうまでして戦いたいのか分からず、悲しみの瞳で――
(わたしは、もう見たくないんです……)
――シェオルさんの、あんな瞳を……死を纏った姿を……
「あ、バックアップよろしく。まあ、多分大丈夫とは思うけど」
「ちょっと、シェオルッ!?」
セリッサの瞳を受けても変わらず、ただ肩だけを叩き――レオネには軽く手を振ってからシェオルは歩き始めた。
「だから、シェオル! ああ、もうっ! どうする、セリッサ!!」
「……開花しましょう」
慌てるレオネに、セリッサは落ち着いて……自身を落ち着かせるように努めて声に力を込めた。
市民の皆を誘導させるにしても……戦うにしても、魔法少女に成るのは変わらない。従僕はまだ動き出してはいない。今は、判断を迷ってはいけなかった。
「――――」
レオネの返事を待たず、セリッサは静かに瞳を閉じた。スッと息を吸い、そして、ゆっくりと止める。
魔法少女に成ることに緊張も覚悟も必要ない。それは自然に、なんの曇りもなく――魔法少女と自身は一体なのだ。
言葉に、魂の乗せる。微かに唇を開き、詩を紡ぐ。鈴を鳴らすように、祈りを、誓いを、言葉の音律に載せて――
「花開け――」
静かに瞼を開け、そして、セリッサは誓いの言葉を解き放ち響かせた。
「――小さな姫の輝く花よ」
セリッサを中心に地に輝く白き魔方陣が浮かび上がる。
地面からの緩やかな風に髪と制服をたゆたせながら――白き閃光が天空へと射し昇った。
サァァァァ――――
雪のような白光の結晶、天使の羽が踊るような花弁を舞わせ、穢れなき純白の衣を身に纏い――
袖が広がったゆったりとした服に、細い蒼のラインと模様が施された制服とは違う魔法少女の装束。白きマントに杖を持った幼き神の御遣いのような、花に住んだという姫が妖精となって顕れたような――そんな少女がそこに在った。
セリッサは杖を持った腕を軽く振り、魔方陣を消失させた。舞う花弁はそのままに従僕とシェオルへと視線を向ける。
「もうっ、しょうがないなっ!!」
レオネは声を上げてから大きく息を吸った。
「――花開け!」
宣言し、高らかに謳うように声を空へ響かせる。
「小さな姫の輝く花よ!!」
輝く金色の魔方陣が浮かび上がる。レオネの瞳と黒き髪、褐色の肌を照らし輝かせ、金の閃光は空へと解き放たれた。
――ィィィィイン
金色の天鳥が舞い降りたような、黄金の花弁が踊る。
風に踊るように自身の腕を流れさせ、腕にだけ布がある袖のない肩の出た衣――落ち着いた黄金の刺繍と模様が施されたマントのない動きやすそうな蒲公英の装束をレオネは舞わせる。
髪と衣を翻し、手にした槍をクルリと一回転させた瞬間、――キンッという音と共に魔方陣は輝く粒を散らせ消え去った。
魔法少女と成ったレオネは、黄金の花弁を舞わせ輝く瞳を向ける。自身の花を咲かせ、誓いと共に戦う――その準備はできた。




