十四
『――貴女を今年の新入生の担任とします。貴女の思うように、今までのように指導して貰って構わない』
学園長からの言葉の後、何故、と問いかけた。自分が新入生の担当をすることと、現役の魔法少女と同等の指導をすることを一つにまとめ『何故』と。
その学園長の答えを思い出す。
『必要だからよ、ミュゲ』
学園長の考えが全て分かったわけではない。だが、その言葉を理解する。
新入生にとっても、そして、自分にとっても必要になるのだろう――強くなることが。
そう、あの時――自分が新入生の時にはすでにその強さを極めていた漆黒の聖女のように。
そして、学園長は分かっているのだろう。
「――――」
新入生の一人へと視線を向ける。
シェオル・ハデス。彼女は似ている。その姿が、纏っている空気が。
おそらく、いや、ほぼ確実にあの少女だと思っているのだろう、学園長は――白銀の聖女は。
だから、強くなることを必要とした。だが、それは文字通りのことが起こる可能性もあった。
シェオル・ハデス――冥府の扉を開き、災厄の引き起こす存在になるかもしれない。
しかし、だからこそ――
「――では、新入生の皆さんと共に歩んでいく教師を紹介します」
挨拶の終わりに言った学園長の言葉に、ミュゲは知らず深く思索していた頭を現実に戻した。
しかし、だからこそ、強さは必要だ。それが、自分の使命でもあると信じている――自分を超える強さを得らせるために。
(自分を超える魔法少女と成らせるために)
「ミュゲ・グレックヒェン教師、挨拶を」
学園長の紹介に、聖堂の空気が一変する。ざわめきがでなかったのは宣誓式という神聖さを誰もが分かっているからだろうが、それでも教師たちを見たり隣のクラスメイトと顔を合わせたりとしている生徒もいた。
新入生も同様だった。ファーノは嬉しさよりも驚きが勝ったのか動揺を隠そうとするが隠し切れず、レオネは「厳しい先生になった」と困り、セリッサとシュティも多少驚きの表情をしていた。イリスやステルでさえ、ミュゲの名を聞いて視線が変わっている。シアだけが事情を分からずふわふわしているのは全く変わっていなかったが。
しかし、それらも紹介された人物が静かに立ち上がると同時に治まり、視線はミュゲへと集まった。
その視線――アルカンシエルの魔法少女を束ねる隊長という視線と、学園長、白銀の聖女に次ぐ実力の持ち主という視線を受けながら、ミュゲは語るべき言葉を明快に伝えるべく迷いなく口を開いた。
「これから三年間、君たちを指導することになるミュゲ・グレックヒェンだ。私も生徒を担当するのは初めてとなる。が、訓練生であろうが魔法少女の使命は変わらない。私もそのつもりで指導していく」
口調は変わらないままミュゲは新入生一人一人の瞳を見つめ、同時に新入生からの視線を受けながら言葉を続ける。
「私は君たちを一流の魔法少女に成長させる。これは自身の目標でも覚悟でもない、必ずそう成らせる。この意味を理解しろ」
決して強い口調ではない。だが、その重く鋭い言葉に聖堂の空気がまた変わる。威圧感ではない、深々とした静けさとピンと張り詰めた空気――緊張と集中が研ぎ澄まされていく感覚が新入生だけではなく上級生や現役の魔法少女たちにも広がっていった。
「私は君たちに期待していない。期待という曖昧なものは必要ない。信頼する。以上だ」
簡単に挨拶を済ませ、ミュゲは着席する。拍手はない、が明確なものが伝わったことだけは確信していた。
特別な挨拶をしたわけではなかった。隊長として指導する時と同じように話したに過ぎない。だが、これでいいとも思っていた。この空気を新入生が感じられればそれでいい。
(――しかし)
微笑とも苦笑ともつかぬ感情が湧き、ミュゲは胸中で笑った。
一人一人に向けていった視線――だが、最後の一人だけは眼が合うことはなかった。
冥府の少女、シェオル・ハデス。
この少女は自分ではなく別のところを見つめていた。自分の後ろ、そして、学園長の後ろにあるアテネの像を。
――注目されているのは分かっていた。上級生や現役の魔法少女、ミュゲという教師、そして、学園長にも。
といっても、上級生や現役の魔法少女は自分だけじゃなく新入生全員を注目していた。ミュゲのまるで同格と接するような挨拶に驚いたのだろう。つまり、それだけの新入生たちなのかと。
だが、ミュゲや学園長はまた違った視線を投げかけていた。レオネいわく、自分が「問題児」だから――ということではないはずだ。
ミュゲという教師ならば『気付かれる』かもしれない。学園長に関してはいうまでもないが。
しかし、
「――――」
そんなことが全てどうでもいいほど、シェオルは何かを感じていた。
何か分からない、「何か」。
「――――」
最初は宣誓式という雰囲気に緊張しているのかとも思った。自分らしくないとは思っていたが、そういうこともあるのだろうと自分のことながら軽く考えていた。
だが、違った。緊張ではない。
驚くほど自分の心は静かだった。何もない闇夜の虚無のように、黒く塗りつぶした心底が自分の全てを満たしている。
「――――」
学園長の後ろにある。アテネの像を静かに見つめる。
――もしかしたら、
(倒すべき人間は)
いや、
(『殺す』べき人間は――)
シェオルは静かにアテネ像を見つめる。
宣誓式が終わり拍手が鳴る中、ただ一人無音の中で虚無を纏ったまま――




