二
――何故、自分の入学当時の事を思い出したのか。その理由は分かっていた。
この子たちはどうなのだろう、とセレスは思う。あの時と今ではもちろん状況が違う。しかし、状況は変わっても、魔法少女の使命は変わらない。魔女の使徒を倒すという使命は。
この子らは聖女を目指すのだろうか。それとも、聖女に成らざるを得なくなるのだろうか――
「…………」
学園長室は朝の白い光に照らされながら静謐に包まれていた。思えば、この静けさはセレスが学園長室に初めて入った時から変わっていない気がする。
変わっていないといえば、学園長室の様子もセレスが来たときから変わっていなかった。いや、現在の学園長が自分である以上は、「変わっていない」という言い方はおかしいのかもしれない。正確にいうのであれば、変わっていない、ではなく、変えなかったというほうが正しいのだろう。
重厚な雰囲気がある書棚や調度品。来客への応接に使うテーブルや椅子。そして、自分……学園長が使う一際大きな机。
応接用のテーブルと、自分の机には花が飾られていた。これは清掃担当の生徒が自主的に飾ってくれたものだ。交代制なので、生徒の性格によって飾る花が変わるのは楽しみの一つでもあった。
今、自分の机に飾られているのはラッパスイセン。花言葉は確か「尊敬」「自尊」「心づかい」「報われぬ恋」、そして――
(『あなたを待つ』)
待っているのは相手か。それとも、待っているのは私なのか――
(……考えすぎね)
もちろん深い意味はないはずだろう。花を飾ってくれた生徒が花言葉を知っていたかどうかも分からない。もしくは、「尊敬」という意味だけにおいて、ラッパスイセンを選んだのかもしれない。
だが、もし……もし、これが……
(あの生徒が飾った花だったら)
自分はどう思ったのだろう――
「…………」
この花を飾ってくれた生徒が「あの生徒」ではないことは分かっている。だが、学園の清掃は学生が担当している。つまりは、これからは学園長室の清掃をすることが確実にあるということだった。
(アルカンシエル学園に新しく入る生徒……)
創立時からあるという古い時計がカチカチと秒針を刻む音と、白の閃光を部屋全体へと注いでいる大きな窓から微かに聞こえてくる小鳥の囀りだけが響く中、セレスは書類に載っている名前を一つ一つ目で追っていく。
「今年は豊作ですね」
時計の音と小鳥の声だけの静謐を破り机の前から聞こえた静かな声に、セレスは無意識に深く思索していた頭を現実に戻した。
「……そうね」
軽く瞼を閉じ、目の前にいた女性――シュムに気付かれないようにゆっくり息をつきながら書類を机に置き、セレスは静かに肯定する。確かに豊作ではあったし、否定する理由はない……だからといって、断言し肯定することに迷いがなくなるわけではなかったが。
そんなセレスの気持ちを知ってか知らずか、シュムはおそらくはもう全ての内容が頭に入っているであろう書類の束を見返しながらめくっていき、一番上の新入生一覧の紙に戻してから再び話を続けだした。
「七人の入学者がいることも数年ぶりですが、その中でも天才ステル・マーンと炎灼ファーノ・ネルケ。そして、セリッサ・フリンデル。すでに浄化が使える魔法少女が三人います」
流れるように説明する声はよどみがなく分かりやすい。これは彼女の性格をよく現していた。つまり優秀であり、まさに補佐に適した人物であるということを。
シュム・ケルプヒェン。彼女は優秀な魔法少女であり、アルカンシエル学園でそのことに疑問を持つ人間はいない。彼女自身もそれを自負し、実際に優秀だと認められるだけの働きをした。
短い黒髪にスーツを着た清潔感溢れる姿はおよそ魔法少女らしくない姿ともいえるが、実際、シュムなら魔法少女でなくとも優秀な働きをしただろう。アルカンシエル魔法少女学園教頭になったのも、その働きによるものが大きい。とはいえ、教頭といっても教師というよりは秘書的な役割を担ってしまっているのも彼女の性格と能力によるところなのだろうが。
二十六歳。年齢だけを見れば世間的にはまだまだ若年だが、魔法少女では古参といえる。若い……というより、それこそ世間的に見れば幼い共同体である魔法少女学園では、十八歳で教師になる場合もある。それを考えれば、二十六歳のシュムは魔法少女の中では若いほうではなく十分な大人ともいえた。




