一
遥か昔――
神祖の魔女と戦女神パラス・アテネとの世の主権をかけた戦いがあった。
戦いは七度月が満ちる間続き、ついにアテネは神祖の魔女を打ち滅ぼした。だが、それで戦いが終わったわけではなかった。
魔女の七人の娘たちは、母の滅びとともに世界の隙間にある闇の奥へと隠れたのだ。そして、母の意志を継ぎ、闇の隙間から世の覇権を奪おうと画策を始めた。
アテネは再び戦おうとするが、自身も魔女の戦いで傷つき、すでに力を失いかけていた。その為、世の平和を娘同様に愛し育てた少女たちに託して自身はいつ覚めるとも分からない眠りにつく。
魔女の娘は自らの力をわけ使徒と従僕を創り、人間の世へと解き放った。
その使徒と従僕と戦うアテネの意志を受け継いだ誓いの乙女たちを、人々は尊敬と誇りを込めてこう呼んだ。
アテネの子と呼ばれた七人の娘たち。
始まりの乙女――始祖の七聖女。
そして、
聖女を母とし、母と共に戦うアテネの意志と力を宿した少女。
純血の少女――戦女神の天使、魔法少女。
全ては神話として語られている話。だが、それをただの神話だと思う者は誰もいない。
何故なら、現実として疑いようのない証拠があるからだ。
魔女の使徒と魔女の従僕。そして、聖女と魔法少女。
ただし、魔女の使徒と従僕は神話のその時から変わっていないが、聖女は神話の時と今では意味が変わっていた。
処女女神であるアテネには子がいない為、人間の子たちを愛し娘同様に育てた。アテネの子、『始まりの乙女』と呼ばれた七人の聖女、始祖七聖女――しかし、当然ながら聖女は神ではなく人間だったため永遠に生き続けることなどできなかった(アテネの導きにより精霊になり生き続けていると信じている者もいるが、現実に居らず見た人間もいないため神話に基づいた創作として捉えられている)。
なので、アテネの娘と呼ばれた七人の聖女は今の世にいない。だが、いつまでもその意志と誓いを忘れないために、魔法少女の中で特に人格と力に秀でた者に聖女の名を引き継がせるようにした。それが、現在の聖女という称号の始まりだといわれている。
七人の聖女の七つの称号。
その一人、「白銀の聖女」セレス・フリンデル。セレスの白銀の聖女という称号も受け継いだものだ。
神話の時代から変わっていない聖女の名と称号の後継――しかし、セレス自身、自分が人格と力に秀でていたとは思ってもいない。ただ、聖女の資格を得ることが――幸か不幸か――偶然にもあっただけだ。魔女の使徒を倒したという事実が、魔女の使徒を倒すだけの力があったという現実が。
そして、先代の白銀の聖女に認められ、周りが認めてくれた。それは誇りに思っているし、現に誇りとしていた。自分が聖女足り得るかは分からない。でも、その誇りだけは忘れずに。
今の若い世代の魔法少女には勘違いしている人間もいるみたいだが、正確に言えば魔女の使徒を倒しただけでは聖女になることはできない。いや、そもそも使徒の討伐は聖女後継の条件ではなかった。魔女の使徒を倒したとしても、聖女足り得るとその能力を認められるだけだった。その上で、全ての聖女に認められ、更に多くの魔法少女から認められてこそ始めて聖女の称号を受け継ぐことができる。
とはいえ、周りが認めるだけの人格と力――アテネの精神を正しく受け継ぎ、その力を発揮できなければ魔女の使徒を倒すことは敵わない。つまりは、やはり魔女の使徒を倒した者は――自分の意識は別として――聖女足り得るということなのだろう。
セレスが聖女を受け継いだのは――つまり、魔女の使徒を初めて倒したのは二十一歳の頃。このアルカンシエル学園に入学してから九年目の時だった。
(聖女、か……)
セレスは改めて新入生のリストに目を落とし、内心で呟いた。
入学当時、まさか自分が聖女になるなどとは考えてもいなかった。同様に学園長になることも。
先代の白銀の聖女は学園長であり、恩師にもあたった。それだけを聞けば、白銀の聖女を継いだセレスが学園長になるのも不思議なことではない。だが、セレス自身は複雑な気持ちがあった。あの時、自分の隣には正真正銘の天才がいたのだ。
あの人は天才であり、そして、誰よりも強かった。本人にその気持ちがなかったとしても、聖女になることは魔法少女になった時から決まっていた。白銀の聖女を継がなかったのは、別の称号が、「漆黒の聖女」が空位になっていたからに過ぎない。すべての称号が埋まっていれば、白銀の聖女を受け継ぐことになっていたはずだった。同時に学園長も……あの人は嫌がったかもしれないし教育者としての資質があったかどうかは確かに難しいところだが、それでも自分よりも尊敬されまとめることができたと思う。
何より自分が聖女を受け継ぐことになったのは、時代によるものが大きかった。あの当時、聖女ではなくとも魔法少女であれば魔女の使徒と戦わなければならない状況だったのだ。
通常であれば魔女の使徒と戦うのは聖女の役目であり、魔法少女が戦うことはない。それは、当然のことながら聖女が最も力を持っているからだ。危険な戦いを魔法少女にさせるわけにはいかない。
ただし、それは聖女の矜持であって絶対ではない。聖女は――当然のことながら――魔女の使徒と必ず戦えるわけではないのだ。魔女の使徒が何時現れるかなど分かるはずもなく、使徒が相手を選ぶわけもない。
そして、これも当然のことながら――聖女が必ず魔女の使徒に勝てるかどうかは分からない。聖女が負けることはないと信じられ、『必ず勝たなければならない』としても。
ともあれ。
あの時代――「エリスの災い」といわれた闇の時代へと収束していく八年。それは、魔女の使徒が乱立した時代であり、より力のある強い魔法少女が求められた時代であり、そして、最も力を持った聖女が揃った時代だった。
(……いえ)
セレスは胸中で否定した。自分を含め、聖女の誰もが最も力を持っていたなどとは考えていなかっただろう。そうならざるを得なかった。魔女の使徒を倒すしかなく、倒せたから聖女になっただけだ。
(そう……)
今思えば、あの時代、まるで決まっていたように、あらかじめ準備されていたように魔女の使徒を倒せるだけの優秀な魔法少女が揃っていた。
だからこそ、あの時代を乗り越え、そして――
(そして……)
「エリスの災い」は終わった。終わらせた……私たちが。




