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エンデ・デアヴェルト ≪終わりと始まりの物語≫  作者: 松ぼっくり
第2章 「壮途」
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第6話 想いを胸に


ラマラシアの葬儀が終わり、未だ悲しみの淵から抜け出せずに半月が過ぎた。


世界は緩やかに、それでも確実に時間が流れて言っている。けれど、俺の時は止まったままだった。


「ごめん、母さん」


ラマラシアから託されたもの。輪環の章を探して欲しいと、死の淵の彼女が言っていた。


「俺、やっぱ一人じゃ何にもできないよ」


いつまでもこんなことをしていてはダメだと、はっきり分かってる。思考に気持ちが追いつかないのだ。


一人呟いていると、教会の方の扉を叩く音が聞こえた。音の方に行くと、伝書院の方が手紙を届けに来てくれたらしい。


そこに書かれていたのは、


「鍛冶屋で待っている」


と、一言だけ書かれた文と、ヴェリエントスの名前が記されていた。


あれ以来、ヴェリエントスは姿を見せない。恐らく、俺を気遣って一人にしてくれているのだろう。その優しさが、今は逆に辛かった。


わざわざ手紙を寄越したのだ、これは俺に対する彼なりの激励だと思う。


なぜ鍛冶屋なのかは分からないが、そこで俺の答えを聞くつもりなのだろう。


「行こう」


軽く身支度を整えてすぐに中心街へと向かった。


--------


以前はヴェリエントスと二人だったためあっという間についた感覚だったが、一人だととても永く感じた。


しかし、一人だからこそ前回はそこまで気にしていなかった街並みに注視することもできた。


数時間かけて鍛冶屋に着く頃には日が傾いていた。ヴェリエントスはまだいるだろうか、そうなことを考えながら鍛冶屋へと入る。


「いらっしゃい。おう、あんたか」


連れは上の客間に通してあるよ。そう言って、店主は前回とは異なり、快く迎え入れてくれた。


店主の言葉を受け、二階の客間に行くとヴェリエントスが座っていた。


「よかった、正直来てくれるとは思わなかった」


もう大丈夫なのか、あれ以来一度連絡をしなかった俺に対して、開口一番俺を気にかける言葉をくれる騎士の懐の深さに改めて感心する。


「大丈夫か、と言われれば正直まだ整理はついていません。それでも、いつまでも立ち止まってはいられない。」


ここに辿り着くまで時間があったおかげで、多少考えをまとめることもできた。完全にラマラシアの事を整理できたわけではない。


それでも、未来に向かって歩かなければ、彼女に叱られるだろう。


「どこか雰囲気が変わったな。出会った時も、君からはどこか普通とは異なる何かを感じたが。」


本題に入ろう、とヴェリエントスは言った。


「君に提案がある。私と共に、世界を見に行かないか」


「え?」


それは思いもよらぬ事だった。どういうことですかと問うと、


「言葉通りの意味さ。君の母君の遺した言葉、忘れたわけではないだろう?」


忘れるはずがない。いつか、俺が彼女の元へ向かう日が来るその瞬間まで、彼女の一挙一動全てを覚えてる。


「私の任務は輪環の章の捜索、君が託されたものも同じだろう。ならば、共に行くのが道理ではないか?」


それに、とヴェリエントスは続け、


「母君に、君を導いてくれと頼まれた。私が死ねば、あの子は一人になってしまう。それはとても辛いことだ、と」


気づけば頬が濡れていた。もう枯れたと思っていたのに。


「私は、王国親衛隊の騎士だ。王の勅命には従わなければならない」


王とは、ラマラシアのことを指しているのだろう。


「しかし、それだけではない。私が、君と旅をしたいんだ。君の成長を隣で見ていたい。恥ずかしながら、私はこの年にして親しき友人と呼べるものが少なくてな、家族も両親と俺の3人家族。いつか、弟を持ってみたいと思っていた」


ヴェリエントスの言葉は、泣き疲れて硬くなった俺の心をも溶かしてくれた。


出会ったばかりの頃思っていた。もし、出会い方違かったら、友人になれたのに、と。


「はい…はい!ありがとうございます、ヴェルさん」


「おいおい、友に対してさん付けはどうなんだ?この際だから、敬語もよしてくれ」


そう微笑みながら告げる。


おれは涙を拭って、彼の想いに答えることにした。


「はい…ありがとうございます。いや、ありがとう、ヴェル。俺は、ヴェルと一緒に世界を旅したい。だから、これからもよろしく」


そう言って右手を差し出した。強く握り返された手はとても温かかった。


--------


「それじゃあ、行ってくるよ。母さん」


森の中にあるひらけた場所。かつてラマラシアが俺を見つけ、そして旅立った場所。


そこに立つ墓標に向かい俺はそう言った。


もう涙はいらない、旅立つ前に見せる顔は笑顔にしよう。それに、ここで泣いたらきっと彼女は叱りに来るだろう。


ふっと頬を緩ませ、背後の騎士に向かって声をかける。


「ありがとう、もう大丈夫。行こう!」


そう言って歩き出す。最後に、もう一度後ろを振り返り、彼女に別れを告げる。


幻だったのだろうか、いや、きっと見送りに来てくれたのだろう。


そこには、俺の知っている彼女に似た若い女性と、隣に騎士の服を着た男が手を繋いで微笑んでいた。


『いってらっしゃい、リカルド』


「うん、いってきます」





--------






生まれ育った街を出てしばらく歩いた時、ふと思った。


「ところで、聞いてなかったけど何処を目指すの?」


ヴェリエントスも口にしなかったし、忘れていたわけではないだろうけど。


「そうだな…、何処かで一度王都へ報告に行かなければなるまい。しかし、そう焦ることではない。まずは西へ、科学技術国家"スキエンティス"を目指そう」


科学技術国家スキエンティス。俺が住んでいた魔法国家グリモワースとは対をなすと言われている国だ。グリモワースが魔法をという非科学的な的な力を重んじるのに対し、スキエンティスはあくまでも現実主義。全てを科学で解明しようとする文化を持っている。


「だてに技術国家を名乗ってはいまい。見識の深い御仁が、探せばいるだろう。それこそ、王家のみが知り得る輪環の章を知っているものがいないとは限らない」


ヴェリエントスの言い分は分かった。確かにその通りかもしれない。この世界は決して魔法だけが全てではない。魔法を扱える環境を整えるには化学技術が必要不可欠だ。


対立しているとはいえ、両者はオノーレスの統治の元世界の発展に携わってきた国々だ。きっと、魔法にも深く精通している人はいる。


今後の旅の予定を決めつつ、西へ歩き続けた。森に囲まれていた教会とは打って変わり、辺り一面に短く刈りそろえられた草原の道を進み、数時間が経っただろうか、今夜の宿を探すため偶然通りかかった町によることになった。


「ここはまだグリモワース領だ。君のいたところと文化はそこまで変わらない。今日はここで一休みしよう」


ヴェリエントスの提案は嬉しかった。正直、初めての旅の疲れもあってもう歩ける気がしなかったのだ。


宿を探そうと街を歩いていると、突然女性の叫び声が聞こえた。


「だ、誰か!息子を…!息子を助けてください!」


女性の様子からただならぬ気配を感じ、ヴェリエントスに目配せし、女性の元へ駆け寄る。


「如何なされた、ご婦人」


「息子が!テディが魔物に襲われて、私怖くて逃げてきちゃって…!」


あぁ…テディ!と泣き叫ぶ女性に、


「落ち着いて、私たちが息子さんを助けに行きます。場所を教えてください」


そう声をかける。


「向こうの…、ここからすぐ近くの森です。2人で果物を取りに出かけて、そうしたら魔物に襲われて…私、私!」


「分かりました、ご婦人はここで待っていてください。すぐに、息子さんを連れて戻ります」


そう言うとヴェリエントスはこちらに目配せをした。


「うん、行こう。困ってる人を見過ごせはしない」


急ごう。ヴェリエントスの掛け声と共に森へと急いだ。


街から数分ほど走ったあたりで、森の入り口が見えた。


「ここか。よし、中へ入ろう」


森の中での行動は慣れている。10年以上森を遊び場にしていたんだ、そこが森であれば木々の様子を見て大体の位置は把握できる。


しかし、冷静になったところで途端に不安になった。


勢いで助けるとは言ったものの、魔物なんて見たことはない。幸か不幸か、実戦はあの時経験したから戦闘自体は初めてではない。


あの後もヴェリエントスに剣を師事してもらい、戦闘の基礎は身につけた。


「魔物が怖いか?」


俺の様子を見て察したのだろう。ヴェリエントスが声をかけてくる。


「少し。魔物の存在なんて本の中でしか知らなかったから」


そう言うと、ヴェリエントスはふっと笑い、


「知性のない魔物など恐れる必要はない。私の剣を弾いた君なら、すぐに慣れるさ」


そうだ、俺は親衛隊の騎士に稽古とはいえ一度、その剣を落とさせたんだ。


それに、こんなところで弱音を吐くわけにはいかない。


握る拳に力が入るのが分かった。


「しかし、それでも初めて見る魔物だ。危ないと思ったらすぐに退くんだ」


「分かった、やれるだけやってみるよ」


そうこうしているうちに、魔物の足跡と思われるものを見つけた。


「これは…、ウォーウルフの足跡か」


「ウォーウルフ?」


魔物の名前か。その名からして、おそらく狼なのだろう。


「あぁ、一般に飼育されている大型犬よりも少し大きい凶暴な狼だ。群れを成すことがあり、時には自分よりも大きいムーンベアをも襲うという」


群れを成す、つまり、今向かっている先にいる魔物は1匹ではない可能性があるわけだ。尚更気を引き締めなければならない。


と、その時だった。


「だれか!たすけて!」


「!?」「!?」


男の子の声がした。今のがきっとテディの声だ。


「近いぞ!そこだ!」


ヴェリエントスの指差す方を見ると、少し開けた場所に今にも捕食されそうになっている子供と、それを囲う3匹の黒い獣がいた。


「行くぞ!リカルド!私は右の2匹をやる、君は左のやつを叩け!」


「了解!」


ヴェリエントスの指示を受け駆け出す。


魔物の前に飛び出すと、こちらの気配に気づいたのか、牙をむき出しにし威嚇してきた。


左腰に差しているカタナを抜き構える。はぁ!と自らを鼓舞し魔物に斬りかかった。


「ガゥァ!」


初撃の薙ぎ払いが命中し、魔物が呻き声をあげる。そして、すぐさまこちらを睨み返し、飛びかかってきた。


「グルァ!」


「うわっ!」


反応できなかった俺は、魔物の突進を避けきれず吹き飛ばされる。まずい、そう思った時には魔物が目の前に迫っていた。


そして、今にもその牙で噛み砕こうと口を開いたその時、


「リカルド!君の戦い方を思い出せ!」


すでに1匹を仕留めて2匹目をも捉えているヴェリエントスが叫んだ。


俺の戦い方。そうだ!


「はぁ!」


震える足に力を込め、目の前まで迫っていた魔物を蹴り飛ばす。


「ガゥ!」


「ふぅ…」


そして、すぐさま立ち上がり、カタナを鞘に戻す。そして息を吐き、意識を魔物と鯉口を押す左手に集中する。


暫しの静寂。


そして、


「ガゥア!」


魔物が再びその牙をむき出しにして突進してきた。


「はぁ!」


ギリギリまで魔物を引き寄せ、間合いに入ったその瞬間、カチっと鯉口を押し上げ、同時に獲物を抜いた。


腕に鈍い痺れが走ると同時に、断末魔が聞こえ、魔物はその場に倒れた。


「はぁ…はぁ、勝ったのか?」


「よくやった、リカルド」


既に魔物を片付け、意識を失ったテディを背負ったヴェリエントスが近寄って声をかけてきた。


「ありがとう。ヴェルが声かけてくれなかったら危なかった」


そうして2人で顔を合わせて、頷きあうと来た道を戻った。


--------


「テディ!テディ!」


街に着くと、母親がすぐに駆け寄って来た。


「あぁ、ありがとうございます…!なんとお礼を言ったら良いか…!」


「いえ、当然のことをしたまでです」


と、こちらを一瞥してヴェリエントスが言う。


「はい、助けられて良かった。俺たちが見つけた時には特に外傷もなく、無事でいてくれました。今はショックで眠ってしまっていますが」


そう言うと、母親は再び頭を深く下げてお礼を言って、息子を背負って去っていった。


その時だった。


そこにいる誰しもが聞き取れるほどの音量で、腹の虫が鳴いた、


「…!!!!」


恥ずかしさのあまりその場に座り込んだ俺に、ヴェリエントスは大笑いしながら、


「よし、それじゃあ改めて宿を探すか。腹も空いたしな」


と言って歩き始めた。


俺もすぐに立ち上がり後を追う。


そうして、見つけた宿の扉をくぐると、そこには先程の母親がいた。


「おや、あなたは先程の」


「あ、あなたたちは!」


母親はこの街の宿の店主だってらしい。若くして夫を亡くし、女手一つで宿を営み、息子を育てているらしい。


そんな姿に、今は亡き彼女の姿を思い出した俺は、外の空気を吸うと言って宿を出た。


しばらくして宿に戻ると、俺たちの事情を説明したら、先程のお礼にと、この街に滞在する間無料で泊めてくれることになったらしい。


そうして、旅の疲れと初めての戦闘で、体が知らず悲鳴をあげていたのだろう。


布団に入り、ヴェリエントスと他愛もない話をしているうちに、俺は眠りについた。


--------


「……」


ヴェリエントスは、隣ですやすやと寝息をたてているリカルドを横目で見ながらあの時のことを思い出していた。


『ヴェリエントス様。今のうちに伝えておきたいことがあります』


それは、ラマラシアが自らの過去を明かし、リカルドに水を取らせにいった時の話だ。


『なんでしょうか』


『私は、先程あの謎の人間は未来人かも知れないと言いましたね。それは、あくまでも予想。そして、これも予想に過ぎませんが』


少し言い澱み、しかしすぐにこちらを見直して続ける。


『あの子も…、リカルドも、もしかしたら未来人かも知れません』


『……!』


『根拠も確証もありません。ただ一つ言えるのは、あの子が駆けつける前に、謎の人間は時空の歪みのようなものを発生させて出現しました。そして、18年前のあの日、リカルドど出会った森にもあの歪みのようなものがありました』


--------


「……」


彼女の言葉を思い出し、再び隣にいる青年を見つめる。


君は、一体何者なんだ…?


それは一緒に旅を続けるうちに明らかになるのだろうか。それとも、決して開けてはいけないパンドラの箱なのだろうか。


今は分からない。けれど、もし君が…、いややめよう。もう夜も遅い。明日は次の街へ行かねばならない。少しでも、休息は多く取らねば。


そうして、ヴェリエントスは目を閉じた。










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