第7話 科学国家スキエンティス
はじめての旅は思いのほか順調だった。最初に訪れた街で子供を助けたように、訪れる街毎に誰かを助けたり、時には依頼を受けたりもしてみた。
「なんか、凄い楽しいな」
「そうだろう、旅はいいものだ」
いろんな景色を見れて、いろんな物を食べられる。本当に楽しい。けれど、これはヴェリエントスと一緒だからだろう。
かつて、ラマラシアは王都からたった1人で旅をして俺たちが暮らした街まで歩いてきたのだ。
彼女の偉大さを、改めて実感したところで遠く、目線の先に大きな建物たちが目に入った。
「ヴェル、向こうに見えてるのが…」
ヴェリエントスは頷くと、
「そうだ。あれが科学国家スキエンティス」
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「通行証を拝見します」
「……え?」
スキエンティスに入ると、関所の人に声をかけられた。
通行証、そんなものは持っていない。必要だとも聞いていなかった。
「ここに」
「親衛隊の騎士殿でしたか、失礼。どうぞお通りください」
ヴェリエントスが胸から騎士の証である騎士手形を取り出して見せる。それで2人とも入国することができた。
「通行証なんているんだ」
「いや、いるのは王都とここスキエンティスだけだ。特にスキエンティスでは、技術を盗もうと忍び込む輩がたまにいるものでこういった対策をしている」
へぇと感心して相槌を打つと、
「まぁ、もっともそれは数百年前の話だがな。現在ではオノーレスが統治している国々に住む知識者は一部を除いてこのスキエンティスに集まる。よって、技術を盗むも何もその必要がいないのだ」
なるほど、確かにその通りだろう。しかし、
「通行証、持ってた方がいいかな」
「君はグリモワースの市民証は持っていないのか?通行証という言い方をしているだけで、ようするにただの身分確認だ」
俺がなんのことか分からないと言った風にヴェリエントスを見ていると、
「まさか、と思ったが君は市民証を持っていないのか」
心当たりがないので、隠すこともなく頷く。
「いや、確かにラマラシア殿が母君だった以上、市民証を得るのは難しかったか。すまない、配慮が足りなかった」
と、話を自己完結させヴェリエントスは頭を下げる。未だよく理解していない俺は、とりあえず気にしないでよと一言返した。
「そうだ、王都に着いたら君の市民証を貰おうか。王都の市民証があれば各国で問題なく入国することができる」
ヴェリエントスは続けて、
「それか、もし君さえ良ければ騎士になってもいい。私が推薦しよう」
と、微笑みながらこちらを見て言った。
「え…!ほ、ほんとに…?!」
驚きのあまり声が裏返った俺を見て、ヴェリエントスは笑った。
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「凄い…、見たことない建物がいっぱいある」
初めて見るスキエンティスの町並みは、以前ヴェリエントスと共に行ったグリモワースの中心街とは全く異なるものだった。
グリモワースではローブを着た人々が歩いていたり、装飾の一つ一つも魔法に関わる何かしらのものが飾られていた。
それに比べ、スキエンティスでは儀礼用の正装に似た服装を着た人が多い。建物も装飾は少なめであり、景観よりは実用性を重んじると言った雰囲気だった。
最も目を引くのは目線の上を自動で動いている金属の箱だ。中には人を乗せ、柱に貼られている線を伝って移動している。
「そうか、リカルドはあれを見るのは初めてか。あれはオートモービルと言ってスキエンティスでは一般的な移動手段として用いられるものだ」
「オートモービル?」
初めて聞く言葉だ。移動手段だとヴェリエントスは言ったが、本当に国によって文化が異なることを目の当たりにして改めて驚いた。
「あれは非常に便利だぞ。向こうに見えているあの建物にも、オートモービルを使えば話をしている間に着く」
すごい、とオートモービルの行く先を見ていると、俺の気持ちを読んでいるのか、
「乗ってみるか?」
とヴェリエントスは言った。
少し歩いてモービル乗り場に行くと、行き先を尋ねられた。
「まだ夜までは時間がある、暫くは街を散策して、日が沈むころに宿を探そう」
「わかった」
行き先は、とりあえず中心街の方を指定しモービルに乗り込んだ。
モービル内で他愛もない話をしているうちに腹の虫が鳴いた。
「そういえば、まだ昼食をとっていなかったな。この辺で降りて一度飯屋を探そうか」
ありがたい提案だった。正直、先ほどからちらちらと眼に映る店の料理を見て限界だった。
モービルから降りて、眼に入った適当な店に入る。
「いらっしゃいませ〜、ご注文をどうぞ〜」
「あ、えっと…」
「ふふ、すまない。とりあえず、このランチセットを2人分頼む」
かしこまりました〜と店員は去っていった。
「ごめん、なんか緊張しちゃって」
「意外だな、君は誰とでも臆せず話せるタイプだと思っていたがな」
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食事を済ませて、店を出るためと会計を済まそうとした。そこで異変に気付く。
「あ、あれ…?」
「ん?どうした、リカルド」
何故だ。確かにここに入れていたはず。
「さ、財布がない!」
「何…?ちゃんと中身は確認したのか?」
そう言われてもう一度確認する。やはり、そこには財布はない。
「あのー、お代金をいただきたいのですが」
「すまない、財布を紛失したようだ。店の中に落ちているかもしれない、食い逃げなど意地の張ったことをするつもりではないから探すのを手伝ってもらってもいいか?」
そうヴェリエントスが真面目な顔をしていうと、店員はやや疑わしい眼差しでかしこまりましたと探し始めた。
数分経って、あらかた店の中を見終わってもやはり財布はなかった。
「どうしよう…、まさか落としたなんてことは」
「置き逃げにあったのかもしれない。地面に置いていただろう?」
確か、食事中に一度荷物にぶつかって一言かけてきた少女がいた。まさかあの時に…!
「なるほど…、その少女が怪しいな。店員には私が話を通しておく。代金は、王都にある私の職務費用から引いてもらうようにしていただこう」
ヴェリエントスに一言ごめんと告げると先に店を出た。
この広大な街の中から一瞬だけ眼に入った少女を見つけるなど難しい話だった。しかし、あの中にはこの旅で得た報酬金が多少入っているし、それに、ラマラシアから貰った財布でもあった。
「くそ…!」
「待たせたな、とりあえず少女の情報を集めよう。まだそんなに時間は経っていない。手口の鮮やかさからして常習犯だろう、街の人々も知っているかもしれない」
ヴェリエントスの言う通り、今は情報を集めるのが大事そうだ。
暫く街の人や出店の店員に声をかけ、それらしい少女の話を聞いて回ったが、どうやらそこそこ知られているコソ泥らしい。
声をかけた中にも被害にあった人がいたらしく、その人が以前得た情報を提供してくれたことで少女の外観などがぼんやりと浮かび上がった。
「警護隊の詰所に報告してもいいが…、あまり騒ぎにもしたくない」
どうする、とこちらを見てヴェリエントスが聞いてきた。
「あれは母さんの形見だ。絶対に取り戻したい。けれど、警護隊のところに行ったらヴェルの役職が目立ってしまう。きっと警護隊の人たちも協力してくれるだろうけど、俺たちでなんとかできるならしたい」
そう言うと、ヴェリエントスは少し驚いた顔を見せ、俺の頭に手を置き、
「ふっ、分かった。では捜索を続けよう」
と言った。
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それから数時間が経ったが、やはり少女に関する足取りは掴めなかった。
「ごめん、ヴェル。ここまで探してダメなんだ。俺のためにこれ以上時間を割くわけにはいかない」
苦渋の決断だが仕方なかった。形見とはいえ、これ以上財布一つに時間を消費するわけにはいかない。
「そうか…、私は別に構わないが、君がそう言うなら従おう」
と、その時だった。
「きゃあ!泥棒!」
「ちっ!」
通りの向こうで女性の叫び声が聞こえた。
声のした方に駆けつけると、女性が道に座り込んでいた。
「大丈夫ですか!?」
女性に声をかけると、
「は、はい…、声を出したらバッグを捨てて逃げて行ったので…」
どこも怪我はなさそうだ。荷物も無事だったらしい。
「逃げた者の外見は分かりますか?」
「突然だったので…、緑の服を着た女の子だったのは分かりますが」
「……!」
俺はヴェリエントスと目を合わせる。そして女性に声をかけ、泥棒が逃げた方へ駆け出した。
人通りが少ない裏路地に入ったところで、緑の服の少女を見つけた。
少女はこちらを一目見ると、すぐさま駆け出す。
「……!待て!」
こちらもすぐに少女を追いかける。数秒もしないうちに追いつき、肩を掴んで取り押さえた。
「痛っ!」
「あっ!ごめん…」
少女のあげた声に、自然に謝罪をしたが謝って欲しいのはこっちだ。近くで見ると、年は10歳くらいだろうか。かなり幼い。
けれども、この少女が例の泥棒なら俺の財布を持っているに違いない。
「あんたら、財布取り返しに来たんでしょ。返すから離してよ」
取り押さえていた少女は、その特徴的な淡い緑の髪を振り乱してそう言った。
俺は少女を解放し、こちらへ向かい合わせると、背後に立つヴェリエントスが少女に告げる。
「すまないが、そうはいかない。泥棒は立派な犯罪だ。子供とはいえ、警護隊の元へ連れて行き保護者の方へ連絡させてもらう」
ヴェリエントスがそう言うと、少女は血相を変えて叫んだ。
「はぁ!嫌だね、絶対にいかない。それに、あたしを連れていったところで意味ないよ!」
「意味がない、とはどういうことだ?」
「あたし、家族なんていないし」
少女がそう呟いた顔は、見覚えがあった。いや、ラマラシアを失くした時の俺と同じ顔をしていた。
「君に事情があるとしても罪は罪だ、とにかく詰所に…」
「待って、ヴェル。この子を詰所に連れて行くのはやめよう」
俺の発言が意外だったのか、ヴェリエントスは少し驚いた表情を見せたが、俺の様子で何か察したのかだろう。それ以上は言及をやめて後ろに下がった。
「えっと、名前を教えてくれない?」
少女に近寄り、目線を合わせる。そうして、優しく問いかけた。
「あ、あたし…?え、エリカ…」
「エリカ、ね。分かった」
そして、目の前で疑問符を浮かべているエリカに対して、
「エリカ、夜ご飯、一緒に食べよう」
そう言って背後のヴェリエントスを一瞥すると、仕方ないなと言った風に首を傾げて笑っていた。
「え、だって…、あたしあんたたちの」
「何か事情があるんでしょ、ご飯食べながら話しよう」
そう言ってエリカに手を差し伸べる。
「うん…、分かった。あの、これ…」
ごめんなさい、と一言謝罪の言葉を述べたエリカは、隠し持っていた俺の財布を差し出した。
なんだ、素直な子じゃないか。
「うん。大丈夫、それじゃあ行こう」
そうして、3人で飯屋へ向かった。
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よほど腹を空かせていたのだろう。食事が運ばれてくると、エリカは目を輝かせて食事にかぶりついた。
「ふっ、美味しい?」
そう聞くと、エリカはあっと何かに気づいたような仕草をして、
「ご、ごめんなさい。勝手に食べちゃって…」
「いいよ、それはエリカの分だから。足りなかったら言って」
ヴェリエントスは俺の思惑が分かっているのだろう。必要以上なことは言わず、自然と会話をしてくれた。
食事が一段落したところで、本題に入った。
「エリカ」
エリカはビクッと肩を震わせ、上目遣いでこちらを見た。きっと、怒られると思っているのだろう。
「エリカ、大丈夫。もう怒ってないよ、君のしたことは確かに悪いことだ。けれど…」
俺の次の言葉を待っているのか、目を見てじっとしている。
「盗みは君の意思でやっていることじゃないよね?」
エリカは再び肩を震わせた。
やっぱり、思った通りかもしれないな。先程、彼女を押し倒した時に見えた体のあちこちにあった痣。
あれは何かにぶつかってできるようなものじゃない。明らかに、誰かによってつけられたものだ。
ましてや、エリカには家族がいないと言う。そして、盗み。答えにたどり着くのは容易だった。
「エリカ、正直に答えてほしい。今ここで君の話を聞いているのは、俺とヴェルしかいない。」
そう言うと、俺が何を言いたいのか察しがついているのだろう。彼女は頷いた。
「教えてくれないか、君は誰の元で暮らしているんだ?」
敢えて直接的な聞き方は避ける。けれど、これで十分伝わるだろう。
エリカは暫く黙っていた。そして、意を決したのか顔を上げて話し始めた。
「この街の借金取りをしてる人たち。あたしのパパとママ、あたしが小さい時におっきな借金を抱えちゃって…、それで」
少女の話は想像を超えたものだった。若くして少女を生み、共に働いていた彼女の両親は、ストレスもあったのだろう。ギャンブルに手を出して多額の借金を抱えたらしい。
そして、借金取りの元で聞くに耐えない肉体労働をさせられた結果2年前に亡くなったと言う。
2年前、少女は話の中で今は11歳だと言っていた。つまりまだ9歳の時に、この少女は大人の闇とも言える世界で両親を失くしたのだ。
途中、表情を変えなかったヴェルも、話が進むにつれて嫌悪を示していた。彼にしては珍しく負の感情を表に出している。
「それで、エリカが親の代わりにあんなことしてお金を返してるってわけか」
うん、とエリカは目に涙を浮かべて頷く。
ある程度、裏に悪い大人が控えているのは予想がついていた。しかし、ここまでだとは正直考えていなかった。
ヴェリエントスに視線を配ると、これまで聞くに徹していた彼が口を開く。
「つまり、あの時君はその借金取りの元へ向かっていたのだな?」
再びエリカは頷く。
「ヴェル、このまま放ってはおけない。」
「私も同じ考えだ。しかし、まだ情報が足りない。もう少し様子を見よう」
ありがとう、ヴェリエントスにそう告げてエリカに向き合う。
「エリカ、正直に話して。」
もうこんなことしたくないよね?
その一言で十分だった。エリカはどこかほっとした様子で、涙を流しながら頷いた。
『困っている人がいたら、その人の善悪に関わらず助けなさい。元は同じ人。どこかで道を間違えただけ』
そうだ、エリカは望んで悪事を働いているわけではない。しかし、これまで、彼女の被害にあった人には必ず謝罪の機会を設けよう。そうでなければエリカのためにはならない。
そして、こんな幼い少女に悪事の片棒を担がせるような大人は許してはおけない。
母さん、母さんの言ってた意味、やっと分かったよ。
そうして、エリカが泣き止んだあと、温かいスープを頼んで一緒に飲んだ。
「あの…」
「ん?何?」
エリカは何かを聞き出そうだった。先を促すと、
「さっきは、本当にごめんなさい。もう二度としないから。それで…」
何も言わずに、彼女が言葉を発するのを待つ。
「ふ、2人の名前も教えてくれる…?」
余りにも緊張した様子だから何を言うのかと思ったが、口から出たのはそんなことだった。
「そうだ、俺たちの自己紹介をしてなかった」
そして、エリカを見つめて、
「俺はリカルド。訳あって、今はヴェルと2人で旅をしてる」
「私はハンストッド=ヴェリエントス。オノーレス王国で親衛隊の騎士をしている」
2人の名前を聞き終わると、エリカは改めてこちらへ向き直り、
「リカルドさん、ハンストッドさん。泥棒なんて真似しちゃって本当にごめんなさい。それと、ご飯ありがとう。ほんとに、美味しかったです」
そう言って頭を下げた。
なんだ、凄く礼儀正しくていい子じゃないか。ヴェリエントスも同じことを思ったのだろう。エリカの頭を撫で微笑んでいる。
「私のことはヴェルと呼んでくれていい、リカルドも私も敬称で話されるのは好まないのでな」
言葉の意味がよく分かっていなかったのだろう、疑問符を浮かべていたエリカだか、何を言いたいのかは大体理解したようで、
わかった、ありがとう。リカルド、ヴェルと言った。
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その後、エリカを連れて宿を探した。道中エリカの裏にいる連中が見張っていないか、俺とヴェリエントスで周りに気を配っていたが、そのような気配はなかった。
そうして、宿に着くとエリカは戸惑っていた。
「あ、あの…、あたし、一緒に泊まっていいの?」
さっきの話を聞いて、例の大人の元に返すような真似はできない。今一番安全なのは自分たちと共にいることだろう。
だからこそ一緒の宿に泊まろうと思ったのだが、何か不都合があるのか。
「リカルド、彼女は幼いが、仮にも女性だぞ」
そうだった。改めて見てみれば、大人2人の中に混じって寝るなどできるはずがない。いや、俺の精神が持たない。
「そ、そうだった!!ご、ごめんねエリカ」
そう言うと、エリカはなんのことと言った風に首を傾げて大丈夫と一言いい、
「違うの。そんなことじゃなくて…、あたしご飯も食べさせてもらって宿もなんて…、お金返せないから」
そんなことを言った。
本当にこの少女は大人だ。その辺の体だけ成長した連中よりもよっぽど人道を弁えている。
俺はエリカに目線を合わせて、微笑みながら言う。
「大丈夫、ちゃんと財布もあるしね。2人も3人もそんなに変わらないよ。それに、人が多い方が話も楽しいでしょ?」
そう言うと、エリカは出会ってから初めての笑顔を見せた。
それは満開のひまわりのような笑顔だった。まるで、ラマラシアのような。
「そろそろ宿に入ろう。あまり遅くなるのは良くない」
ヴェリエントスの指示を受けて、俺たちは宿へと入った。
余程疲れていたのだろう。エリカは部屋についてベットに入るなり寝息を立て始めた。
俺もヴェリエントスと今後の予定を軽く話し合い、ある程度方針が決まったところで枕に意識を沈めた。




