第28話 フレール
野盗の襲撃を鎮圧した俺たちは、無事に王都の門を潜る事ができた。そして、眼前に広がる光景に言葉を失った。
「ここが…」
「そうだ。ようこそ、オノーレス王国へ」
このスキエンティスという世界を束ねる大国、オノーレス。その栄華は伝説の初代王から数代にわたり築かれた。絢爛豪華と称されるような、目に余る装飾や造形をした建物を想像していたが、実物は異なる物だった。王都の中心に位置する王宮の中心に、絢爛豪華な建物が並んでいた。
「す、すごいね…」
その圧倒的な光景を前に、エリカも棒立ちになっている。俺とエリカは、長旅の疲れなぞ忘れて目の前の王都に飲み込まれていた。
「私は生まれも育ちもオノーレスだからな、君たちのように驚きはしないが…。私が輪環の章捜索の任に就く前よりも更に発展しているように見える」
俺たち3人がそれぞれの面持ちで王都を見ていた時だった。
「貴方達は…」
夜空のような黒髪を纏った女性が俺たちに声をかけてきた。先程の野盗騒ぎの際に共闘した槍使いの女性だ。
ふと、その綺麗な顔が俺を覗き込んだ事を思い出し、赤くなった顔を隠そうと咄嗟に視線を逸らした。
「あ、貴方はさっきの…!」
「先程はありがとう。そういえば、名乗るのを忘れていたわね」
黒髪の女性は胸に手を当て、騎士の礼を取った。
「私はフレール、フレール・メーティリア」
「俺はリカルドです。この2人は一緒に旅をしている…」
ヴェリエントスとエリカがそれぞれ名乗ると、フレールはヴェリエントスを見つめる。
「失礼を承知で…もしかして、上級騎士ハンストッド様ですか?」
「はい、ハンストッド・ヴェリエントスです。失礼ですが、どこかでお会いしましたか」
ヴェリエントスが問うと、フレールはどこか慌てた様子で、
「い、いえ!私が一方的に知っているだけです。私の師から貴方のことを伺っていましたので…」
ヴェリエントスは要領を得ないと言った風でいる。フレールは続けて、
「私の師はパドレスと言います。かつて王国騎士として剣を奮っていたと聞いていますが、槍術を習う際、現在の騎士で貴方の右に出るものはいないと」
「パドレス…!まさか、"双翼のパドレス"の事ですか?!」
「い、いえ…そのような名で呼ばれているかは分かりませんが」
「パドレス様といえば、かつて3代王に仕えた伝説の騎士です。彼の武に勝るものは1人としていなかったと」
ヴェリエントスとフレールが語り合う隣で、エリカが何かを言いたげにしている様子が伺えた。直後、くぅと腹の音が鳴り、その顔を真っ赤に染めて俯く。
「あら…ふふ、ごめんね。皆さん、先程の礼もありますし、お話ししたい事もあります。よければ、私の家へ招待します」
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「美味しい!おばさん、おかわり!」
「ふふ、ありがとう。ちょっと待っててね」
フレールの家へと案内された俺たちは、出迎えてくれたフレールの母の言葉に甘え、食事をいただく事となった。
ヴェリエントスは任務の報告があるといい、一度俺たちから離れ、王宮へと向かった。ここまで長い間、俺たちと行動を共にしていたが、彼は騎士の任を受け、俺と出会ったのだ。ようやく、一つの区切りをつけられるのだろう。
フレールの母は、ラマラシアと同じか少し年上に見えた。彼女の料理は絶品で、エリカが次から次へとおかわりを促す気持ちが分かる。彼女は、俺の飲み物がなくなっているのに気づき、新しいものを注いでくれた。
「ありがとうございます。料理も本当に美味しくて、母のことを思い出しました」
「ふふ、ありがとう。フレールはあまり多く食べない子だから、こんなにも勢いよく食べてくれるとこっちも腕がなるわ」
彼女は優しく笑い、エリカが汚してた口元を拭った。
「何よ、淑女らしく振る舞えと常日頃言うのは母さんじゃない」
フレールは少し不機嫌な様子でそっぽを向いている。しかし、食事を口に運ぶや否や、その顔は蕩けてしまっていた。
そういえば、あれよあれよと流れるままに食事をしていて、まだこちらの事を話していなかった。
「申し遅れましたが、俺はリカルドと言います。こっちはエリカ。もう1人、王国騎士のヴェリエントスがいますが、今は任務の報告に向かっています」
「ご丁寧にありがとう、カディエよ。主人は、今は家を開けています。貴方達は…兄妹には見えないわね…?それに、ヴェリエントスといえば上級騎士の」
カディエ…どこかで聞いたことのあるような気がしたが、思い出せない。珍しい名前ではないだろうし、きっと本の登場人物などで見たのだろう。
それに、長く接していたため気が抜けていたが、どうやらヴェリエントスは王国内でも名の知れた騎士のようだ。出会いからして、彼の気高さには感銘を受けていたが、その実力に伴った働きをしていたのだと、どこか自分のように誇らしく思った。
「そうですね…話すと長くなりますが、俺たちは共に旅をする仲間です。いえ、血は繋がっていませんが…今では家族のようなものです」
俺がそういうと、カディエは深い慈しみの笑みを浮かべた。
「まだ若いのに、強く優しいのね。色々なことがあったのでしょう」
「貴方達はスキエンティスから来たのよね。オノーレスには何をしに来たの?」
フレールの問いに対し、どう答えるか悩んだ。輪環の章の事を話すわけにはいかないし、かといって嘘をでっち上げるのも、与えられた好意についして不躾だろう。
「とある物を探す旅をしています。俺は、元々はグリモワールに住んでいました。それで…」
偉大なる母に救われ、健やかに育てられた事、グリモワールでの日々の事、それからヴェリエントスに出会った事、そして…
「母が、"ラマラシア"が亡くなって旅をするとこになりました」
ラマラシアの名前を口にしたときだった。これまで、時に相槌をうちながら話を聞いていたカディエの様子が変わった。
「リカルドさん…今、なんと…?」
「え、母が亡くなってから旅を始めて…」
「貴方のお母さんは、何というの?」
名前を聞き取れなかったようだ。それにしては、どこか様子が変だが。
「あぁ…母はラマラシアと言います」
「ラマラ…シア…。あぁ…そんな、これは運命なのかしら」
「母さん…どうしたの?」
カディエが突然狼狽えた様子を見せ、フレールは心配そうにその顔を覗き込む。ラマラシアの名前を聞いて、様子が変わった。彼女はラマラシアを知る者なのか?
彼女の名前はカディエ…、カディエ…、カディエ?!
「まさか、貴方は!カディエ…そうだ、ラマラが言っていた、貴方はラマラの…!」
「リカルドさん、あぁ…姫は、姫は逝かれたのですね…」
カディエはその場に崩れ落ちた。エリカとフレールが駆け寄る。
「おばさん!大丈夫…?」
「母さん…!」
2人に対し、多少落ち着きを取り戻したカディエは大丈夫よ、と一言いい立ち上がる。
「ごめんなさいね…。そう、ちょうど半年ほど前に…姫の夢を見ました」
カディエは、どこか遠くを見つめるような眼差しで語る。
『カディエ、いっぱい我儘を言って迷惑をかけてごめんね。でも、貴方と共に過ごした日々は本当に楽しかったのよ。ありがとう、カディエ。大好き」
「あの時悟りました。姫は逝かれたのだと…。最期に会いに来てくれたのだと」
やはりそうだった。カディエ…彼女は、かつてラマラシアに仕える侍女だった。ラマラシアの想いを知る人。
そして、この事実はフレールの正体にも繋がる話であった。
「リカルドさん。姫は、全てを話したのでしょう。貴方が今何を考えているかは分かります。しかし、それは私の口から言わせてください」
それに、とカディエは俯き、何かを考えてから顔を上げる。
「運命、なのでしょうね。明日はフレールの誕生日。私は、明日この子に全てを話すつもりでしたから」
フレールは何が何だか分からないといった様子だ。
「ちょっと、2人で何を話しているのか分かはないけど、私に関係ある事なの?」
「えぇ…そうね。でも、今ここで話す事ではないのよ。ちゃんと、ゆっくり話したいの」
「もう…母さんはいつもそう。大事な時ほどはぐらかす」
フレールの不貞腐れた態度に、カディエは微笑み、その頭を撫でる。
「ごめんね。でも、今度は違うの。明日、ちゃんと話すからね」
俺の方を見て、カディエが続ける。
「リカルドさんも、それでいいかしら」
「はい、俺は大丈夫ですが…」
俺の返事に対してありがとうと一言いうと、食べ疲れたのか、いつの間にか寝てしまっていたエリカに毛布をかけ、今日は休むようにと部屋へと案内してくれた。
王都オノーレスに来て、始めての出会い。この出会いが、俺たちの旅に大きな影響を与える事を、この時の俺はまだ知らなかった。




