第29話 幕間-騎士団本部にて-
「ヴェリエントス、ただいま戻りました」
ヴェリエントスは、この旅の始まりに至った特務「輪環の章捜索」の報告をするためにリカルドと別れてオノーレス王国、騎士団本部へとやってきた。
半年という、騎士の任務においは決して長くはない任務であったが、多くの出会いと別れ、そして自身から踏み込んだ運命の重さからもう何年も離れているように感じた。
「やけに静かだな」
騎士団本部は4つの部門からなる王都で最も規模の大きい施設だ。各部門に数十人の者がおり、本部全体では200もの人間がいる。
しかし、中へ入ると何か大きな任務があるのか、本部の中は記憶にある賑わいがなかった。警備の騎士を除き、目に入るだけで数人の騎士がいるだけであった。
基本的に、王都の外へ出る任務は長期になるため、10人以下の少人数で編成されることが多い。それに、先ほど自身も遭遇した野盗が昨今活発になっていると、街行く人の話からも聞こえてきた。そのような状況で騎士が出払うことは考えにくい。
中の様子を伺いつつも、目的地である騎士長室へとやってきた。厳かな雰囲気を持つ扉を開け、中へ入ると、そこには矍鑠とした男が1人、椅子に座っている。
男に近づき、騎士の礼を取り、ヴェリエントスは報告書を差し出す。
「ご苦労だった。グリモワース及びスキエンティスでの件は報告を受けている。随分と、荒事になったようだな」
「はい。いくつか戦闘はございましたが、現地の者の協力を得て大事に至らずに済みました」
目の前に座す男、オノーレス王国騎士団の実務を率いる騎士長ヴォーダン・ハイベルン。齢五十になるというこの男は、その佇まいに一切の隙は無く、腹を探ろうとするものならこちらの思惑ごと一刀に伏すことは分かりきっている。
ヴェリエントスは、秘めたる考えを悟られぬように立ち回るため、発する言葉に細心の注意を払わねばならなかった。スキエンティスでの一件、かつての暗部、デクスの話を全て信じた訳ではないが、騎士団が隠す過去がある事は明白である。
そして、ラマラシア=エンデ=オノーレスが語った真実。輪環の章、それを狙う未来人。騎士団は、オノーレスは、この真実をどこまで知っているのかを探らねばならない。
自身の立場故に、本来であれば虚偽の報告をする事は許されず、何より勤勉な己の取る行動ではないと自覚している。しかし、これまで得た情報から、今の騎士団を真っ向から信用する事はできない。
「騎士長閣下、輪環の章ですが…」
「輪環の章は全くの手付かずというわけか。お前ほどの騎士が半年もの歳月をかけて手がかりすら得られないとはな」
「は…申し訳ありません」
王都に入った段階でリカルド達とは別れた。尾行の者の気配は感じず、仮に尾けられていたとしてもヴェリエントスの身に輪環の章に関係するものはない。
「閣下、出過ぎた真似とは承知の上ですが、本件は引き続き私が創作に当たっても問題はないでしょうか」
「ほう。お前らしくもない提案だな。何か策はあるのか?」
「はい。スキエンティスに立ち寄った際、セントラル図書院の書庫を自由に使用する事ができるよう手配していただきました。そのため、今一度スキエンティスに戻り、輪環の章の情報を集めようと考えています」
目の前の男に対し、真実と嘘を使い分けなければならないのは舌技に乏しい自身には厳しいと分かりきっている。しかし、今必要なのは時間だ。このまま捜索の任を解かれ、王都に残るとなれば残りの章を手にするのは難しくなるだろう。
「ふむ、図書院か。なるほど、リブロは私が知る限り最も智に富んだ男だ。あの者の協力を得るならば、進展はあるだろうな」
ヴォーダンが立ち上がり、ヴェリエントスへと近づく。ヴェリエントスを超える体躯を持ち、座っていた時には感じなかった圧迫感が部屋一面に広がった。そして、ヴェリエントスの背後へと周り、その肩に手を置く。
「輪環の章の捜索は引き続きお前に任せるとしよう」
「はい、ありがとうございます」
ヴォーダンの方へ振り返り、頭を下げる。ひとまず、次の章を探す時間を得ることはできた。騎士の任務として各地を訪問できるのは、ある程度の権限を持った行動が可能であり、今の自分達に必要なものであった。
報告が完了し、部屋を出ようと扉に近づいた時だった。ヴォーダンが、あぁと何かを思い出したかのようにこちらへ振り返る。
「君の仲間の少年…、リカルドと言ったかな。彼の行動には重々気をつけてくれたまえ」
「リカルドを、ですか…?」
「そうだ。いずれ分かる時が来るだろうが、今のお前に伝える必要はないだろうからな。以上だ、次の報告を期待しているぞ」
ヴェリエントスは再度、ヴォーダンに頭を下げ部屋を出た。
本部を後にし、城下を歩きながら先程のヴォーダンの発言を思い出す。
『彼の行動には重々気をつけてくれたまえ』
リカルドの事は、グリモワースで出会った騎士を目指す少年とだけ報告している。腕が立ち、騎士ではない一般人であるからこそ身動きが取りやすいため、ともに行動していると報告したが、まさか、リカルドの出自…、彼の母君のことに感づいているのか…。
「今は…考えても仕方ないか」
仮にリカルドの母君、ラマラシア殿の事が知られていたとしても現状何か問題があるわけではないだろう。輪環の章に関して、ラマラシア殿も王家に伝わる伝説以外は知らなかった。
ヴォーダンの言葉を胸に留め、ヴェリエントスはリカルド達が向かった黒髪の女性の家へと向かった。
いつもありがとうございます。
仕事の関係で、次回から更新頻度を落とさせていただきます。末永く、よろしくお願いいたします!




