第23話 時渡りの妖精(2)
ティルフィーの案内でやってきたのは、妖精族が最も集まる、人でいう王国のような場所だった。ただ、妖精の体は小さい。王国といってもグリモワース外れの街程度の広さだった。
しかし、一歩中に入ると右も左も妖精がいて、ここが本当にさっきまでいたスキエンティスとは違う世界なのだと実感が湧いてきた。
「もうすぐお城だよー!妖精王様のお城に人が入るなんて始めて!」
「そ、そうなの…?」
「そうだよ!だって、妖精は基本的に人とか神様達と交流しないからね。キミは特別なんだよ!」
確かに、現状を顧みるに俺は伝承の英雄の条件に当てはまってはいる。ただし、そんな自覚はないし使命もない。先程まで図書院にいたただの人なのだ。それも、妖精王に会えば分かるだろう。
「見えた!あれがボク達の住む"ファータラント"だよ!」
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「ようこそ、妖精の国-ファータラント-へ。可愛い人」
目の前に座す妖精が、ティルフィーの言う妖精王なのだとすぐに悟った。絹のような白銀の髪、青空に浮かぶ雲のような白のベールを身に纏った姿は、俺の人生で知り得た言葉ではとても表すことのできないほど美しく、儚く、それでいて荘厳さを醸し出していた。
気付かぬうちに片膝をつき、騎士が姫に忠誠を誓う姿勢を取っていた。これが、神話の妖精王。
「可愛い人、そのように小さくならずとも良いのです。名を、教えてくださいな」
一言ありがとうございますと立ち上がり、
「俺はリカルドと言います。ティルフィーの案内で妖精の国へと参りました」
「可愛い人、私の知る人とも神々とも似つかぬその容貌、一体どこからきたのかしら?」
妖精王の問いに、俺はこれまでの経緯を話した。図書院の禁書庫で本に触れた瞬間、強い光に包まれた事。気づいた時にはこの世界にいた事。そして、ティルフィーによると未来から来たという事。
一見して眉唾ものの話だが、一通りの話を聞き終わると、妖精王は笑みを浮かべた。
「事情はわかりました、可愛い人。ティルフィーの言った事は正しいでしょう。時渡りの魔法は、この世界で妖精王にのみ許される禁呪。そして、貴方からは私の魔力を感じます」
「それでは、いったい何のために」
ティルフィーの分析は正しかった。それに、神話に名高い時渡りの魔法も実在するという。しかし、問題はなぜそのような魔法があの本にかけられていたのかという事だ。
「それは私にも分かりません。しかし、貴方がここにいるのは世界の運命に従ったのでしょう。我ら妖精族の古くより伝わる言い伝えはご存知?」
「はい、ティルフィーから聞きました。けれど、俺がその英雄かどうかは…」
「可愛い人。妖精の魔法は邪なる心を持つ者には扱えません。貴方が私の魔法を用いてここに居る、これこそが伝承の英雄と信じるに値するのです」
それだけの理由ならば、俺以外にも数多くいる筈だ。ヴェリエントスやエリカ、ラマラシアも条件には当てはまっている。
「貴方の考えは分かります。ならば、何故貴方はここに居るのか。それこそが、貴方の運命なのでしょう」
俺の運命、それが何かは分からない。けれども、その運命に導かれて今ここに居るのならば、今はそれに従おう。
「可愛い人。貴方の望みは、願いは何かしら」
俺の願い。それは…、
「母の願いを叶える事です」
そうだ、俺の願い。それはラマラシアの願い。輪環の章を見つけて破壊すること。世界の争いとなる、その種子を取り除く事。それは結果的に世界を救う事になるのかもしれない。ラマラシアの願いが世界の救済ならば、例えそれが難しく、険しい道のりだとしてもたどり着いてみせる。そう誓った。
「救済を成す英雄の望み、しかと聞き届けました。私は、全ての妖精を統べるもの。心の在り方は、その者を見れば分かります。可愛い人。貴方ならば、この妖精王の力、正しく使いこなすことができるでしょう」
偉大なる王がその両の手を差し出し、何やら呪文を唱え始め、俺の体は淡い薄桃色の光に包まれた。
光は徐々に収まり、2つの球体へと分かれた。光の球のうち一つは右手へ、一つは左手へと収まり、やがて俺に吸収されるように消えた。
「妖精王、今のは」
「私の持つ力を授けました。一つは"妖精の風"。時に優しく肌を撫で、時に激しく身を引き裂く。時に寄り添い、時には奪う。貴方の心の在り方次第でその力は変わります。もう一つは…、いつか、分かる時が来るでしょう」
それに、と妖精王は笑みを浮かべ、
「貴方には既に時渡りの加護があります。再びこの地を望むのであれば、強く願ってください。私は、貴方の力となりましょう」
妖精王が再び俺に向かい手を差し出し、
「暫しの別れです、可愛い人。貴方に幸あれ。そして、妖精の加護があらんことを」
体が光に包まれると共に、禁書庫の本に触れた時のような浮遊感がした。
「ありがとうございます、妖精王。必ず、願いを叶えます」
ティルフィーがまたね!と手を振っている。それに手を振りかえし、強くなる光に目を閉じた。




