第八章 選抜発表と光の証明
大礼堂は、朝から空気が違った。
昨日の夕方に通達が出た。「騎士団専属聖女職の採用者を、本日発表する」——たったそれだけの文面が、夜の間に学院中に広まった。
礼堂の前方、見習い生たちの列が整然と並んでいる。後方の来賓席には、騎士団の面々と学院上層部。
クローデットは最前列の中央にいた。背筋が完璧に伸びて、顎がわずかに上がっている。確信した人間の顔だ。その隣ではグランドール先生が何かを耳打ちしている。二人の間に、昨日の今日という焦りはない。当然だ、と思っているように見えた。
私は後方の端に立っていた。
目立たない場所を選んだわけではない。自然とそうなってしまっただけだ。
来賓席のアルドはこちらを見ていない。静かに前を見ている。昨日の学院長室のことが、まるで嘘みたいに静かな横顔だ。
「それでは——」
セルヴィア学院長が壇上に立った。礼堂が静まった。
「騎士団専属聖女職につき、本日——」
「失礼します」
後方から、人が立った。
全員が振り返った。
アルド・クレインが、ゆっくりと立ち上がっていた。礼堂の空気が、ぴんと張り詰めた。
「騎士団を代表して、採用者の申告をさせていただきたい」
セルヴィア学院長が頷いた。
「……どうぞ」
アルドが礼堂全体を見渡した。
「それでは発表する」
「採用者————エルセ・ヴィラン」
礼堂が揺れた。
「……は?」
クローデットの声が、思わず漏れた。周囲がざわめく。先生たちが顔を見合わせた。
「失礼いたしますわ、団長様」
クローデットが立ち上がった。声は落ち着いていたが、指先が白くなっている。
「エルセは、在学中一度も魔力を正常に測定できておりません。そのような方を専属聖女に選ぶとは、いかなるご判断でしょうか」
「同意見です」
グランドール先生が続いた。
「エルセ見習いは除籍勧告の対象でもあります。騎士団様のご期待には添えないと、教官として申し上げざるを得ません」
礼堂のあちこちで頷く動きがある。
——その時。
「おやめなさい」
低く、しかし明確な声が礼堂を制した。
セルヴィア学院長だった。壇上から、グランドール先生とクローデットを見据えている。その目が、昨日の学院長室で見たものと同じ色をしていた。
「グランドール先生。昨日、私が申し上げたことを、もうお忘れですか」
グランドール先生の顔に、一瞬だけ動揺が走った。
「ク、クローデット見習いも。あなたは自分の行動の意味が、まだ分かっていませんか」
クローデットが口を開きかけて、止まった。
礼堂が、静まり返った。
「エルセ」
アルドが、私を見た。
全員の視線が、後方の端に集まった。
「こちらへ」
足が、震えた。でも、歩いた。前列を抜けて、壇の前まで歩いた。
アルドがセルヴィア様に向いた。
「学院長。例のものを」
「……はい」
セルヴィア様が頷くと、後方から助手の先生が台を運んできた。
その上に置かれたのを見て——礼堂のざわめきが、一段階上がった。
台座が金で縁取られた、大きな水晶球。通常の測定水晶の三倍はある。光を受けて、そのままでも仄かに輝いている。
「あれ……大聖女用の水晶じゃないの?」
「学院長室に保管してあるやつだ。百年以上使われてないって話を聞いたことある」
「あんなものを出して、何をするの」
「あの大きさの水晶では、光らすことはクローデット様でもできないですわ」
ざわめきが続く中、アルドが私の正面に立った。
「エルセ」
「……はい」
「水晶の前で、今まで通りにしろ。それだけでいい」
「それだけ……分かりました」
「ああ」
礼堂全体が見ている。先生たちが。クローデットが。見習い生全員が。
(また、何も出なかったら)
(みんなの前で、何もできなかったら)
(昨日の学院長室は、たまたまだったのかもしれない)
「……エルセ」
アルドが、声を低くした。礼堂には届かない、私だけに聞こえる声で。
「俺は、お前を見ている」
それだけだった。
でも——それだけで、足が前に動いた。
水晶の前に立った。
両手を胸の前で組んで、目を閉じた。
それから両手で水晶に触れた。
(今まで通り。それだけでいい)
手のひらが、じわりと熱くなった。
次の瞬間——礼堂が、白く染まった。
水晶から、光の柱が立ちのぼった。天井に届いて、そこで弾けて、礼堂全体に白い光が広がっていく。クローデットが出した光柱とは、色が違った。あれが「白」なら、これは「純白」——混じり気のない、目を細めてしまうほど眩しい光。
そして————
パキっ、という音。
光が収まった後、水晶に亀裂が走っていた。
礼堂が、完全に静止した。
誰も声を上げなかった。
私はゆっくりと目を開けた。
水晶が、二つに割れていた。台座の上に光の欠片が散らばって、まだ輝いている。
「……」
セルヴィア様が、ゆっくりと立ち上がった。
「これは——神代の奇跡に近い領域の力です」
声が、いつもより一段低かった。
「通常の測定水晶では検出できない。大聖女用の水晶でも、受け止めきれない。エルセ見習いの魔力が測定不能だったのは、力が弱いからではなく——この水晶でさえ割ってしまうほどの力を持っていたからです」
礼堂が、別の色のどよめきに変わった。
「嘘……あの水晶が、割れた?」
「百年以上の歴史がある大聖女用の水晶が……」
「エルセが? 測定不能だったエルセが?」
「……っ」
後方で、誰かが息をのんだ。
クローデットだった。
唇を強く結んで、水晶の欠片を見ていた。顔は平静を保とうとしていたけれど——その目だけは、隠せていなかった。
信じられない、という顔。
悔しい、という顔。
なぜあの子が——という、生々しい感情。
「グランドール先生」
セルヴィア様が、冷静な声で名前を呼んだ。
「本日、詳細な処分を通知します。準備をしておいてください」
グランドール先生が、口を開こうとした。閉じた。もう一度開いた。それでも、言葉が出てこなかった。
「クローデット見習い」
「……」
「あなたへの通知についても、別途行います」
クローデットが、何かを言おうとした。
言えなかった。
目が合った。
(可哀想だとは思わない。でも——哀れとも思わない)
(ただ、私がここに立っている。それだけのことだ)
アルドが、私の隣に並んだ。
「行くか」
「……はい」
礼堂を出る時、後ろで誰かが「すごい……」と呟いた。
足が、まだ少し震えていた。でも、今日は——前に進めた。
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