第六章 心が折れた日
礼堂の静寂が、ずっと耳に残っていた。
布団の中で目を覚ます度に、思い出す。封書を取り上げるクローデットの手。「学院の恥」という声。何より——グランドール先生の「そうですね」という、あっさりとした返答。
(先生まで……)
起き上がれなかった。
一日目は、頭が痛いと言って寮を出なかった。二日目は、なんとなくそのままになった。三日目も同じだった。
(騎士団には、クローデットが行ったんだろうな……)
あれだけの実力を見せたクローデットが行けば、きっと喜ばれる。私が行く必要はなかったのかもしれない。あのわずかな光が呪いに干渉したのは、偶然だったのかもしれない。
(そうだ、偶然だ。二年間、何も出なかったんだから)
窓の外で、鐘が鳴った。
四限の始まりを告げる音。今日も授業に出ていない。
立ち上がれないのではなくて——立ち上がる意味が、分からなくなっていた。
(もう一度だけ、アルド様にお会いしたかったな……)
明日は、退学届の様式を学務室で貰おう。
◆
四日目の放課後。
私は、皆が下校した後を狙い、学務室に向かっていた。
廊下を歩いていたら、声が聞こえた。
「聞いた? クローデットが騎士団に行ったんですって」
「で、どうだったの」
「それが……お断りされたらしくて」
「え、なんで?」
「分からないけど、副官様に開口一番『エルセ殿はどちらですか』と聞かれて、いろいろ話したら……」
「いろいろ?」
「なんか雰囲気が悪くなって、帰ってきたって。クローデット、すごく不機嫌そうだったわよ」
私は柱の影で、静かに息を呑んだ。
(どういうこと……?)
「でも、副官様もちょっと感じ悪いわよね。学院一の実力者が行ったのに」
「まあ、あの人たちは独自の基準があるのかも」
声は遠ざかっていった。
私はしばらく、柱に背中を預けたままでいた。
(……私のことを、聞いた?)
でも、それが何を意味するのかも、私には分からなかった。クローデットが断られたのは、あくまで別の理由かもしれない。私には関係ない。
関係、ない。
(そう、ない)
自分に言い聞かせながら、もう一つ気になっていたことを思い出した。
もふもふさんのことだ。
◆
退学届の様式を貰った後、一度だけ窓から裏庭の方を見た。
もふもふさんがいた。
いつもの石段の下で、丸まっていた。短い尻尾が、ぱたぱたとはせず——ただ、静止している。小さな鼻が、学院の建物の方を向いていた。
(来るのを、待ってるんだ)
胸が痛かった。
下りていけばよかった。でも、なぜか足が動かなかった。「もうちょっとだけ、試してみる」って決意したのに、結局頑張ることができなかった。
(情けない……)
大人しく待っている。
(ごめんね)
声に出さずに、窓越しに思った。
しばらく眺めていると、もふもふさんは寂しそうに奥の木々の陰に姿を消していった。
(毎日、待っててくれてるのかな)
◆
五日目の夜、退学届を書いた。
名前を書いて、理由の欄に「一身上の都合により」と書いた。ペンを置いて、窓の外を見た。暗い空。雲が流れていく。
(お父さん、お母さん……ごめんなさい)
泣けると思ったのに、泣けなかった。もう、泣き涸れたのかもしれない。
(騎士団長様への憧れも、神託への誇りも、全部持ちきれなくなった。そういうことだ。私にはそれが、分不相応だったんだ)
封筒に入れて、机の上に置いた。
出そう。
そう決めたら、少しだけ眠れた気がした。
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